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□可愛いものが罪なのよ

伊東話第一弾




洗濯物の両端を持ち左右にぴん、と引っ張りシワを正してから洗濯竿にかけていく。
千鶴が庭でいつもの作業をこなしていると、後ろから声がかかった。

「あら、こんなところにいた!もう!探したんだから!」

息は荒く、どたばたと千鶴を探し回っていたことがわかる。

「伊東…さん?私に何かご用ですか?」

怒ってる!?私は何か気にさわるようなことでもしてしまったのだろうか、と千鶴はおろおろし始めるが、伊東はさして気にてしない様子で答える。

「そんなところね。」

唇に人差し指を当てフフフ、と含みのある笑みを見せると千鶴に今日の予定を尋ねた。

「これを干したら特に予定はありませんけど…」
「そう。なら後で貴方の部屋に伺ってもいいかしら」
「私の部屋ですか?」
「ええ。」
「いいですけど…、」
「ではまた後程」

何か言いたげな千鶴を遮り、横目でチラリと見やると伊東は袖を翻した。

(伊東さんが私に何の用があるんだろう…。珍しいこともあるんだなぁ…)








それから数刻、千鶴が自室で繕い物をしていると襖越しに声がかかった。
「私よ。いらっしゃるかしら」
「伊東さんですか?どうぞ」

襖越しにでも分かるくらい伊東の声は弾んでいたが千鶴の前に姿を表した本人はさらに上機嫌だった。ニコニコと笑みを絶やさずにいる。

「何かいいことでもあったんですか?」

千鶴は作業を中断し伊東に向き直る。はっきり言って伊東は何を考えているか分からない人、という位置付けだ。警戒しない訳がない。

という訳で警戒心剥き出しの千鶴の問いにも伊東は笑顔で答える。

「ええ、とってもいいことを思いついてしまったものですからつい!
今日は貴方にお願いがあって来たのよ」

「私に…ですか?」

千鶴はきょとんとする。わざわざ私の元へ足を運んだということはそれなりに重要な頼みなのだろう。千鶴の表情が引き締まる。
そんな千鶴の顔を見て伊東はぷっと吹き出した。

「そんな怖い顔しなくていいのよ?
お願いというのはね――――…」

「はい」



「私のこと甲子太郎ちゃん、って呼んでもらいたいの。」

今この時間だけでいいから、と付け足した。

千鶴がその言葉に反応したのは10秒後だった。

「ええええっ!?それがお願いですか?何故ですか!?」

「い・い・か・ら!呼んでくれないとそこの針で貴方のことつっついてしまおうかしら」

なんですかその地味な嫌がらせ…と千鶴は困り顔で見つめるが伊東は一歩も引かない。それどころか急かし始める。


「ほら早く!私そんなに気が長くないの!」

「うう…分かりました…一度だけですよ…」


これまで男性をちゃん付けで呼んだことのない千鶴はなんだか気恥ずかしくてうっすらと頬を染める。

反抗は無駄だと判断し覚悟を決め伊東を見上げた。






「か…甲子太郎ちゃん………」






室内を静寂が支配した。空気が鉛のように重く感じて、千鶴は息を飲む。その空気に耐えられなくなり、ごめんなさいと謝ろうとした瞬間、肩を強く引っ張られ

「ああもう――――――なんて可愛らしいのかしら!!!!!!!!!!!!」

ぎゅーっと力いっぱいに抱き締められた。


「!? くっ、苦、し…!」

「なんていうのかしら、こう…胸が切ないわ…!」

「うっ」

千鶴が恥ずかしさやら苦しさから昇天しそうになった瞬間、襖が開き同時に声がかかった



「千鶴いるか――――――って…」

(助けて下さい、原田さん…!)

原田は一瞥すると眉を八の字に歪ませた。


「おいおいおいおい、そりゃねえぜ…」

そして屯所内に響き渡るような大きな声で叫んだ。



「全員集合!!!!」






その後伊東は集まってきた幹部たちに色んな意味でボコボコにされ、千鶴抱擁禁止令を出された。




(私、まだ諦めないんだから…!)


(僕達の千鶴ちゃんもとい鬼の副長の小姓様に手を出すなんて肝がすわってるよね)








―――――――
甲子ちゃんがエスカレートしていきます
「全員集合!!!!」のネタは鈴様にいただきました(笑)

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