ガミール・エル=バトウティ



ガミール・エル=バトウティ(Gameel Al-Batouti 1940年2月2日生)
 [エジプト・副操縦士]


 アメリカ合衆国のロサンゼルス発ニューヨーク(ジョン・F・ケネディ国際空港)経由エジプト・カイロ行きとして運航されていたエジプト航空990便(ボーイング767-300ER)が、ニューヨークから離陸して30分後の1999年10月31日午前1時50分頃、マサチューセッツ州ナンタケット島沖から南東60マイルの大西洋上に墜落した。この事故で運航乗務員4名、客室乗務員10名、乗客203名の合わせて217名全員が犠牲になった。

 国家運輸安全委員会(NTSB)の報告によると、事故機は墜落の直前まで順調に飛行していたが、機長のラシュディがラバトリー(手洗い)に行くため席を外した際、副操縦士のガミール・エル=バトウティがアラビア語で「神を信頼する」とつぶやきながらエンジン出力を下げ、操縦桿を強く前方へ押した。そのため巡航高度から急降下し始め、慌てて操縦室に戻った機長は機体を立て直すために操縦桿を引き起こそうとするとともに、エル=バトウティにも引き起こすように呼びかけたが、応じることはなかった。機体は一旦上昇に転じたものの、急降下中にエンジンが脱落するなど機体のダメージが大きかったため操縦不能に陥り大西洋にたたきつけられるように墜落した。

 この事故は墜落途中で機体の電源系統が故障したために、FDRとCVRへの記録が途中で終わっている。そのため事故原因の分析は難航した。その上、遺族に対する補償の割合の問題から、エジプト航空と事故機のメーカーボーイング社との間で原因のなすりあいが起きた。エジプト側の調査機関は、「事故機の昇降舵には不具合があり、これが事故の原因である」と主張した。これは空軍出身のムバラク大統領が、事故直後に「自分の経験からすれば、昇降舵の不具合と思われる」という個人的なコメントを行ったことで、昇降舵に原因を求めるのがエジプト側の基本方針とされたことによる(なお、エジプトは実質的にムバラク大統領の独裁政権であった)。しかし、当該機種であるボーイング767で昇降舵に重大な不具合が発生したことは、過去に報告されていない。アメリカ側も機体の故障の可能性について当然ながら検討しており、エジプト側に回収した残骸を含む資料と情報も提供した。しかし、エジプト・アメリカの両側ともに、昇降舵が原因であることを客観的に説明はできなかった。また、1991年にタイで発生したラウダ航空の同型機の事故と同じく、エンジン制御システムの誤作動による逆噴射が原因との指摘もあるが、調査でもそのような誤作動が起こった兆候は見られなかった上、ボーイング社はこれを否定している。また、エジプト航空が当該事故について社員に対して箝口令を敷いたため、アメリカ側の調査に協力した者は非常に少ない。

 また、事故時の副操縦士であったエル=バトウティに不可解な行動が多く、「神を信頼する」という言葉を11回、また「コントロールしろ」など意味不明な言葉を唱えた他、上空で勝手に自動操縦を解除した上でエンジンへの燃料供給をカットしたり、機体の速度や構造強度の限界を全く無視して急降下操作を行ったりした(その間機内は一時的な無重量状態であり、席を外していた機長のラシュディはその無重量状態の中、操縦席へ向かった)。操縦席に戻って来た機長の機体状況に関する問いかけに対して、エル=バトウティは全く応答せず、機長の回復操作にも協力はしていない。このため、アメリカ側やラシュディ側の遺族は明らかにエル=バトウティの行為が原因と認定しているが、エジプト側の主張では、これは突然の昇降舵の不具合に対してエル=バトウティが必死にリカバリー操作を行っていたからだと主張している。

 事故原因とされるエル=バトウティは3ヶ月後に定年を迎える古参の社員であり、事故当日は大西洋上空の巡航のみ担当するバックアップ要員であった(当該航路は飛行時間が長いので、離着陸を本来の機長と副操縦士が担当し、大西洋上を自動操縦する間の一部をバックアップのクルーが担当する2シフト制だった)。しかし、なぜかエル=バトウティは離陸後間もなく、本来の副操縦士に対して強く交代を要請した。本来の副操縦士は当初は交代を渋ったが、結局は年長のエル=バトウティを敬う様な形で応じている。エジプト航空の同僚や、事故後の調査に協力したことを咎められ、その結果イギリスに家族ぐるみで亡命した元同僚の証言によれば、エル=バトウティは素行に問題があり、アメリカでの宿泊地にて数度に渡りセクハラを度々起こしており、同僚から何度も注意や警告をされていた上、事故前夜にも問題を起こしていたことから、当日の機長であるラシュディに以後のアメリカ便の乗務の禁止を言い渡されていた。エル=バトウティの異常行動には、宿泊中のホテルで女性客に電話をかけ、窓から自分の下半身を見るよう誘ったり、ホテルの女性従業員を部屋に誘おうとするなど、過激なものも多数ある。また、翌年に迫った定年までに、一度も機長を経験できなかった点について劣等感があったとされる。なお、セクハラ問題についてはエル=バトウティの遺族も認めている。

 ほかに旅客機内部で爆発などのテロが発生した痕跡もなかったため、アメリカ合衆国のNTSBは2002年3月に最終報告書を発表し、動機(自殺か他殺か)までは解明できないが、事故は「エル=バトウティの故意の操作によるもの」と断定した。このアメリカ側の調査結果に対し、エジプト航空安全局と同国政府(エジプト航空のオーナーでもある)は反発し、「原因は何らかの機械的故障によるものである」としてこれを認めなかった。このエジプト政府の対応について、欧米各国のマスコミは「エル=バトウティがムスリムのエジプト人であり、エジプト文化やムスリムの文化では自殺に対する文化的な嫌悪感が背景にある」と指摘した。ただし、現在のエジプトでは自殺に対するそのような考え方は少数派であり、この事故においては、実際はごく一部の超保守的な団体が反発しただけである。

 その後の一部報道によれば、エジプト航空関係者の証言として、エル=バトウティの自殺といえる意図的な行動の動機について、機長と会社への個人的恨みによる報復であるとされている。また自爆テロ説や2001年9月11日にアメリカ合衆国で発生した、同時多発テロ事件の実験だったという可能性も指摘されているが、政治的背景があったか否かは不明である。

 1999年10月31日死去(享年59)


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