小説(テニスの王子様)

世界にひとつだけの贈り物
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 それまで全く気にしなかった事だった。
 なのに、
 ある日突然、リョーマの中に落ちてきた。
 唐突に気づく。
 それの存在の大きさを。
 それがどれほど大事であったかを。
 自分が求めていたことを。
 自分が恋焦がれていたことを。

 失くして…
 初めて思い知る。
 

「…まだ、失くしたって訳じゃない…よな」
 ベッドの上に膝を抱えて座って、リョーマが呟く。
 今日は12月24日。
 世間一般にはクリスマスイブ。
 リョーマにとっては、自分が生まれた日。
 珍しく部活も休みとなり、街は赤と緑と人で溢れ返り、とても賑やかで見ているだけでも楽しくなるようなそんな日に、リョーマは自室に一人、物思いに耽っていた。
 今、リョーマの心を占めるのはただ一人。
 青学男子テニス部の元部長、手塚国光。
 春に非公式の試合をして、負けてから気にはしていた。
 初めて、己の前に立つ壁として、その存在を認めた人物。
(倒すべき相手として見ていると思ってたのに…)
 全国大会、合宿を終え、夏の最後の日に三年は引退した。
 その時も想いに変わりはなかった。…ほんの少しだけ、胸が痛んだけれど。
 秋になり、一・二年生だけの部活が始まって違和感を感じた。
 慣れない風景への違和感。
 そして、喪失感。
 引退したからといって三年が全く部活に来なくなった訳ではない。むしろ、頻繁に顔を出していた。主軸が変わっただけであまり変わっていない。
 それなのに、喪失感は消えない。
(なんだろう?これ…)
 それが何なのか、リョーマは分からなかった。
 そんなある日、教室を移動する途中で手塚を見かけた。
「あ…」
 その姿を見て、ようやく思い当った。
(そうか、部長は一度も…)
 引退してから、手塚が一度も部に顔を出していないことを。
 その日、部活に出てコートを見たリョーマは…
(寂しい…)
 そう感じた。
(寂しい?…どうして?)
 寂しいと感じたことに驚く。
 手塚とは、あの試合以外に特別なことはなかった。部長とレギュラーの一人でしかなかった。親しく話をするなどということもなかった。
 なのに、寂しいと思ってしまう。
 脳裏に手塚の姿が浮かぶ。
「…会いたいな」
 無意識に口から零れた言葉。
 その呟きにハッとする。
(俺、今何を…)
 口に出すと、手塚に会いたくてたまらなくなった。
 だが、手塚は生徒会の引き継ぎ準備で多忙で、部に顔を出す暇がない。
 それが終わっても手塚が顔を出す機会は減り、数ヵ月後には中等部からもいなくなってしまう。
 今は、今日のように偶然見かけることもあるかもしれないが、卒業してしまえばそれもなくなる。
(部長が…いなくなる…)
 それに気づいた時、大きな痛みが胸を襲った。
「…っ」
(いなくなるんだ…)
 喪失感も大きくなる。
「部長…」
 今、気がついた。
 自分の心の大半を手塚が占めていたことを。
「部長、俺は…」
 そして知った。
 手塚に恋していることを。

「いなくなって気づくなんて、まぬけだよな」
 呟いて、抱えた膝に顔を埋める。
 恋していることに気づきはしたが、告白はしていない。
 手塚が部活に顔を出さなければ、本当に会う事が出来なかったから。
 呼び出すことにも戸惑いがあり、ただの後輩が家に訪ねて行くなんてことも出来ず、告白できないまま時間だけが過ぎていった。
 そして何より、告白して拒絶されるのが怖かった。
「………」
 しばらく何かを考えていたリョーマだが、顔を上げるとベッドから降りてコートを手に部屋を出た。
(いつまでも考え込んでるのは俺らしくない)
 拒絶されるのは怖い。
 だけど、このまま思い悩んでいるのも嫌だった。
 今のままでも拒絶されても、手塚への想いは変わらない。
 思い悩んでいても、告白して振られても、心の痛みもきっと変わらない。
 それならば…
(同じ痛みなら、ハッキリと振られた方がいい)
 今まで踏ん切りがつかなかったが、今日は誕生日で、ちょうどいい区切りになる。
「誕生日なんだから、プレゼント貰ってもいいよな」
 告白の返事が、リョーマへのプレゼント。
 手塚からの最初で最後の贈り物。
「ちょっと痛いプレゼントだけど」
 呟いて、リョーマが苦笑する。
 覚悟を決めると、心が軽くなった気がした。
(プレゼントを貰いに押しかけるなんて…部長、どう思うだろう)
 きっと驚いて、呆れ果てるに違いない。
 その時の表情や様子を簡単に思い浮かべることが出来て、笑ってしまう。
 下に降りたところでインターホンが鳴った。
 元々出かけるつもりだったので、リョーマはそのまま玄関に向かった。
 誰何することもなく戸を開ける。
「!」
 そこにいた人物に驚愕してしまう。
「部長…」
 目の前にいるのは、今、リョーマが会いに行こうとしていた手塚国光。
「…突然ですまない」
 今、目の前にいるのは誰なんだろう?などと思ってしまう。
 それほど、手塚の訪問は予想外だった。
「どう…して…ここに?」
 声が震えてしまう。
 会いに行くつもりだったのだから都合はいいが、あまりにも突然で心の準備が出来なかった。
「その…今日は誕生日だろう?」
「!」
 その言葉に、リョーマが驚く。
「知って…たんですか?」
「ああ」
 手塚が自分の誕生日を知っていた。
 ただそれだけのことが嬉しいと、心の底から思ってしまう。
「それで…だな、何かプレゼントを…と思ったのだが、どうにも思いつかなくてな。間抜けな話だとは思ったのだが…直接聞いた方がいいかと…」
 それで、訪ねて来たのだと、どこかばつの悪そうな表情で言った。
 その珍しい表情に、普段とは違う手塚の様子に、リョーマも覚悟を決めた。
「あるっスよ、欲しいもの」
 素直に答えてくれたリョーマに、手塚がホッとする。
「でも、この世界でたったひとつしかないもの…」
「え?」
 手塚が驚いた顔をする。
「そんなに入手困難な物なのか?」
「…部長にとっては、簡単で最も難しいもの…かな」
「それは…?」
「………………手塚国光」
 手塚の言葉に、少し間を開けて、リョーマが小さく答えた。
「越前、今…」
「俺が欲しいのはただ一つ、今、目の前にいる手塚国光だけ」
 そう言って、リョーマは悲しげな笑みを浮かべる。
 手塚は、呆然とリョーマを見つめている。
(即座に拒絶の言葉が無かっただけ、マシ…かな)
 単に拒絶するところまで頭が回っていないだけなのだろうが、リョーマはそう思うことにした。
「今日、ここに来てくれただけで十分っすよ。ありがとうございました」
 言って、リョーマが頭を下げる。
 そのリョーマの耳に手塚の声が届く。
「確かに、世界にひとつだけで簡単なものだな」
 その言葉に顔を上げると、手塚が苦笑していた。
「部長?」
「そんな安上がりで良いのか?」
「え?」
「こんなもので良いのなら、今、この場で渡そう」
 手塚の言葉に、リョーマが驚いた顔をする。
「…意味…解って言ってんの?」
「ああ。でも、どちらかと言えば俺へのプレゼントのような気もするがな」
 言って、穏やかな笑みを浮かべた。
「それって…」
「俺も、お前が欲しかったということだ」
 はっきりと告げられて、リョーマの顔が赤くなる。
「…部長の誕生日、俺、何も渡せなかったから…今、貰ってくれる?」
「お前も貰ってくれるな?」
「うん」
 小さく答えて頷くと、手塚に抱きしめられた。
「ありがとう…リョーマ」
 ファーストネームで呼ばれて、鼓動が跳ねる。
「俺も、ありがと…国光」
 リョーマも同じように名を呼んで、背中に腕を回すと、更に強く抱きしめられた。

「好きだよ」
「好きだ」
 同時に出た言葉に、抱きしめ合ったまま笑った。

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