1/1ページ目 それまで全く気にしなかった事だった。 なのに、 ある日突然、リョーマの中に落ちてきた。 唐突に気づく。 それの存在の大きさを。 それがどれほど大事であったかを。 自分が求めていたことを。 自分が恋焦がれていたことを。 失くして… 初めて思い知る。 「…まだ、失くしたって訳じゃない…よな」 ベッドの上に膝を抱えて座って、リョーマが呟く。 今日は12月24日。 世間一般にはクリスマスイブ。 リョーマにとっては、自分が生まれた日。 珍しく部活も休みとなり、街は赤と緑と人で溢れ返り、とても賑やかで見ているだけでも楽しくなるようなそんな日に、リョーマは自室に一人、物思いに耽っていた。 今、リョーマの心を占めるのはただ一人。 青学男子テニス部の元部長、手塚国光。 春に非公式の試合をして、負けてから気にはしていた。 初めて、己の前に立つ壁として、その存在を認めた人物。 (倒すべき相手として見ていると思ってたのに…) 全国大会、合宿を終え、夏の最後の日に三年は引退した。 その時も想いに変わりはなかった。…ほんの少しだけ、胸が痛んだけれど。 秋になり、一・二年生だけの部活が始まって違和感を感じた。 慣れない風景への違和感。 そして、喪失感。 引退したからといって三年が全く部活に来なくなった訳ではない。むしろ、頻繁に顔を出していた。主軸が変わっただけであまり変わっていない。 それなのに、喪失感は消えない。 (なんだろう?これ…) それが何なのか、リョーマは分からなかった。 そんなある日、教室を移動する途中で手塚を見かけた。 「あ…」 その姿を見て、ようやく思い当った。 (そうか、部長は一度も…) 引退してから、手塚が一度も部に顔を出していないことを。 その日、部活に出てコートを見たリョーマは… (寂しい…) そう感じた。 (寂しい?…どうして?) 寂しいと感じたことに驚く。 手塚とは、あの試合以外に特別なことはなかった。部長とレギュラーの一人でしかなかった。親しく話をするなどということもなかった。 なのに、寂しいと思ってしまう。 脳裏に手塚の姿が浮かぶ。 「…会いたいな」 無意識に口から零れた言葉。 その呟きにハッとする。 (俺、今何を…) 口に出すと、手塚に会いたくてたまらなくなった。 だが、手塚は生徒会の引き継ぎ準備で多忙で、部に顔を出す暇がない。 それが終わっても手塚が顔を出す機会は減り、数ヵ月後には中等部からもいなくなってしまう。 今は、今日のように偶然見かけることもあるかもしれないが、卒業してしまえばそれもなくなる。 (部長が…いなくなる…) それに気づいた時、大きな痛みが胸を襲った。 「…っ」 (いなくなるんだ…) 喪失感も大きくなる。 「部長…」 今、気がついた。 自分の心の大半を手塚が占めていたことを。 「部長、俺は…」 そして知った。 手塚に恋していることを。 「いなくなって気づくなんて、まぬけだよな」 呟いて、抱えた膝に顔を埋める。 恋していることに気づきはしたが、告白はしていない。 手塚が部活に顔を出さなければ、本当に会う事が出来なかったから。 呼び出すことにも戸惑いがあり、ただの後輩が家に訪ねて行くなんてことも出来ず、告白できないまま時間だけが過ぎていった。 そして何より、告白して拒絶されるのが怖かった。 「………」 しばらく何かを考えていたリョーマだが、顔を上げるとベッドから降りてコートを手に部屋を出た。 (いつまでも考え込んでるのは俺らしくない) 拒絶されるのは怖い。 だけど、このまま思い悩んでいるのも嫌だった。 今のままでも拒絶されても、手塚への想いは変わらない。 思い悩んでいても、告白して振られても、心の痛みもきっと変わらない。 それならば… (同じ痛みなら、ハッキリと振られた方がいい) 今まで踏ん切りがつかなかったが、今日は誕生日で、ちょうどいい区切りになる。 「誕生日なんだから、プレゼント貰ってもいいよな」 告白の返事が、リョーマへのプレゼント。 手塚からの最初で最後の贈り物。 「ちょっと痛いプレゼントだけど」 呟いて、リョーマが苦笑する。 覚悟を決めると、心が軽くなった気がした。 (プレゼントを貰いに押しかけるなんて…部長、どう思うだろう) きっと驚いて、呆れ果てるに違いない。 その時の表情や様子を簡単に思い浮かべることが出来て、笑ってしまう。 下に降りたところでインターホンが鳴った。 元々出かけるつもりだったので、リョーマはそのまま玄関に向かった。 誰何することもなく戸を開ける。 「!」 そこにいた人物に驚愕してしまう。 「部長…」 目の前にいるのは、今、リョーマが会いに行こうとしていた手塚国光。 「…突然ですまない」 今、目の前にいるのは誰なんだろう?などと思ってしまう。 それほど、手塚の訪問は予想外だった。 「どう…して…ここに?」 声が震えてしまう。 会いに行くつもりだったのだから都合はいいが、あまりにも突然で心の準備が出来なかった。 「その…今日は誕生日だろう?」 「!」 その言葉に、リョーマが驚く。 「知って…たんですか?」 「ああ」 手塚が自分の誕生日を知っていた。 ただそれだけのことが嬉しいと、心の底から思ってしまう。 「それで…だな、何かプレゼントを…と思ったのだが、どうにも思いつかなくてな。間抜けな話だとは思ったのだが…直接聞いた方がいいかと…」 それで、訪ねて来たのだと、どこかばつの悪そうな表情で言った。 その珍しい表情に、普段とは違う手塚の様子に、リョーマも覚悟を決めた。 「あるっスよ、欲しいもの」 素直に答えてくれたリョーマに、手塚がホッとする。 「でも、この世界でたったひとつしかないもの…」 「え?」 手塚が驚いた顔をする。 「そんなに入手困難な物なのか?」 「…部長にとっては、簡単で最も難しいもの…かな」 「それは…?」 「………………手塚国光」 手塚の言葉に、少し間を開けて、リョーマが小さく答えた。 「越前、今…」 「俺が欲しいのはただ一つ、今、目の前にいる手塚国光だけ」 そう言って、リョーマは悲しげな笑みを浮かべる。 手塚は、呆然とリョーマを見つめている。 (即座に拒絶の言葉が無かっただけ、マシ…かな) 単に拒絶するところまで頭が回っていないだけなのだろうが、リョーマはそう思うことにした。 「今日、ここに来てくれただけで十分っすよ。ありがとうございました」 言って、リョーマが頭を下げる。 そのリョーマの耳に手塚の声が届く。 「確かに、世界にひとつだけで簡単なものだな」 その言葉に顔を上げると、手塚が苦笑していた。 「部長?」 「そんな安上がりで良いのか?」 「え?」 「こんなもので良いのなら、今、この場で渡そう」 手塚の言葉に、リョーマが驚いた顔をする。 「…意味…解って言ってんの?」 「ああ。でも、どちらかと言えば俺へのプレゼントのような気もするがな」 言って、穏やかな笑みを浮かべた。 「それって…」 「俺も、お前が欲しかったということだ」 はっきりと告げられて、リョーマの顔が赤くなる。 「…部長の誕生日、俺、何も渡せなかったから…今、貰ってくれる?」 「お前も貰ってくれるな?」 「うん」 小さく答えて頷くと、手塚に抱きしめられた。 「ありがとう…リョーマ」 ファーストネームで呼ばれて、鼓動が跳ねる。 「俺も、ありがと…国光」 リョーマも同じように名を呼んで、背中に腕を回すと、更に強く抱きしめられた。 「好きだよ」 「好きだ」 同時に出た言葉に、抱きしめ合ったまま笑った。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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