小説(テニスの王子様)

◆はじめては、突然に
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 青春学園男子テニス部部長の手塚国光と、一年生レギュラーの越前リョーマは、互いに一目惚れをし、ごく自然に付き合い始めた。
 誰にも秘密の恋人同士…なのだが、実は、殆どの部員は二人の関係に気が付いている。
 それをネタにからかうような度胸の持ち主は、レギュラーを除いて他にはいない。
 それでも、手塚に何かを仕掛けることは出来ず、もっぱらリョーマが絡まれている。
 そしてその日も、リョーマは菊丸に付き纏われていた。
「な〜ってば〜おチビ〜〜」
「ヤです」
 リョーマから何かを聞き出そうと、菊丸がしきりに話しかけている。
 それに鬱陶しそうに、リョーマが一応、返事をしている。
「えーいいじゃん、ちびっとでもいいからさ〜〜」
 何を聞き出したいのか、菊丸はしつこく付きまとっているが、リョーマは返事も面倒になったのか、無視をしてスタスタと歩いてゆく。
「くっそ〜あくまでも無視するつもりだにゃ。そういう奴にはこうにゃ!」
 言って、菊丸がリョーマに飛びかかる。
 …飛びかかろうとしたが、ちょうど側にいた手塚の前に回り込んで、それを避ける。
「うわっ!」
 目標を見失い、空振りとなった菊丸は、その勢いのまま手塚の背を思いきり押す事になってしまった。
「!」
 練習メニューを確認していた手塚は、菊丸の不意打ちにバランスを崩してしまった。
「部長!」
 咄嗟にリョーマが手を差し出すが、小柄なリョーマに手塚が支えられるはずもなく、リョーマもろとも倒れこむ。
「手塚!越前!」
 レギュラーが慌てて駆け寄る。
 リョーマが下敷きに…と思ったが、下敷きになったのは手塚の方だった。
 バランスを崩して倒れこむ瞬間、リョーマを抱き込み、身体を反転させて手塚が下敷きになったのだった。
 人間離れした身体能力を発揮したのは、相手がリョーマだったからかもしれない。
「大丈夫か?越前」
「俺は部長が庇ってくれたから…部長は?」
「俺は大丈夫だ。何ともない」
 確認しあって顔を見合わせた二人は、何故か顔を赤くしていた。
 そして、その横で菊丸がポカンと口を開けて二人に目を向けている。
「何かあったのか?英二」
 大石が菊丸に声をかける。
「て…」
「て?」
「手塚とおチビが…チューした――!!」
「え?」
 菊丸の叫びに、手塚とリョーマが更に顔を赤くする。
「どういうことなんだ?」
 ノート片手に楽しげに訊いてくるのは、乾。
「手塚がおチビ抱えて反転した時、口があたって、しっかり重なってた」
「ほう…しかも、二人の様子からして、これがファーストキスってことか」
「乾!」
「乾先輩!」
 二人が揃って乾を睨みつけたことで、乾の言葉を肯定している。
 それを見て、乾が嬉々としてノートに何かを書き込んだ。
「………」
「………」
「…部長」
「何だ?」
「ちょっと来て下さい」
 言って、手塚の手を引っ張る。
「…わかった」
 答えて、乾と大石に顔を向ける。
「少し抜ける。練習を始めておけ」
 そう言い置いて、二人はコートを出て行った。


 リョーマが手塚を引っ張って行ったのは、コートから校舎に向かう途中にある木立の奥、コートからも校舎からも死角になる場所だった。
 辺りに人がいないのを確認して、リョーマは手塚に抱きついた。
「何か…くやしい」
「リョーマ?」
「ファーストキスが、あんな…」
 リョーマの言いたい事が解って、手塚がリョーマの頭を撫でる。
「そうだな」
 リョーマだけでなく、手塚も同じ気持ちだった。
 だからこそ、すっと言葉が出てきた。
「やり直すか?」
 言って、リョーマの顔を上げさせる。
「あんな事故のキスではなく、恋人のキスを」
 手塚からのそんな言葉に、リョーマは驚いた顔をしたが、静かに目を閉じた。
 リョーマを抱き寄せ、口づける。
 啄むようなキスを、角度を変えて繰り返し、しっとりと重ね合わせる。
「あ…」
 一度離れると、リョーマの口から吐息混じりの小さな声が漏れた。
 リョーマの腰と頭に手を添えてしっかりと支えると、もう一度重ね、薄く開いた唇から舌を挿し入れる。
 口内を蹂躙されて、身体の力が入らないリョーマは、縋るように手塚の背に腕を回した。

 事故のキスのおかげで、思いがけず交わす事になった初めての恋人のキスは濃厚で、帰りの遅い二人を大石が探しにくるまで続けられたのだった。

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