1/1ページ目 それは、手塚とリョーマが付き合い始めて1カ月程が過ぎた、ある日のこと。 「越前」 部活後の片付けを終え、部室に戻ろうとしたリョーマを手塚が呼び止めた。 「何スか?」 「話があるのだが、少しいいか?」 「はぁ」 部長に対するものとは思えない、荒井あたりが見たら即行で怒鳴りそうな気のない返事をする。 「リョーマくん、先に行くね」 常にリョーマの側にいる一年生トリオの一人が声をかけ、そそくさと部室に入っていった。 手塚が呼び止めるのは、説教の確率が高いので、巻き込まれないように逃げたのだった。 「で、何?」 周りに人がいなくなると、リョーマの口調が変わる。 素っ気ないのには変わりないが、どこか柔らかい。 「日曜は部活が休みになるのだが…何か用はあるか?」 「特にはないっすけど…休みなんすか?」 「ああ。うちはコートの痛みが早いからな、業者の整備があるんだ」 その言葉に、リョーマも納得する。 河村や桃城のパワーボールや、手塚・リョーマ・不二の接地してから回転のかかるボールなど、コートを痛める要因は沢山あった。 「それで?」 休みの訳は分かったが、リョーマを呼び止めた理由が分からない。 「その…だな、用がないのなら、出掛けないか?…二人で」 言われて、リョーマが少しだけ驚いた顔をする。 「それって…」 「所謂…デート、というやつだな」 いつもと変わらない無表情に見えるが、どこか照れているようにリョーマには感じた。 そして、その言葉に今度はハッキリと判るぐらいに驚いた顔をする。 「部長…」 驚いた顔のまま、呼びかける。 「何だ?」 「デートって言葉、知ってたんすね…」 「…え」 リョーマの言葉の意味を一瞬考えてしまって、少しの間が空いた。 ゆっくりとリョーマに顔を向けると、リョーマは驚きつつも真面目な顔をしている。 (俺は、何かおかしな事を言ったか?) リョーマの態度の意味が解らず、じっと見つめてしまう。 リョーマの方も手塚から視線を逸らさず、結果的に見つめ合う格好になった。 『プッ』 そんな二人の横から、思い切り吹き出す音が聞こえた。 「「?」」 二人がその方に顔を向けると、いつから居たのか、三年レギュラーが揃っていた。 吹き出したのは不二と菊丸のようで、俯いて肩を震わせている。 「あーもう、おチビ最高!」 暫くは堪えていたが、我慢出来なくなって菊丸が大笑いしながら言った。 「思ってても言わないこと、ハッキリ言うんだもんな〜」 「て、手塚から、デートなんて言葉が出るなんて、ホントびっくり…」 と、不二も笑いながら言う。 思い切り笑っているのは、不二と菊丸。 乾はニヤついてノートに書き込み、 大石と河村は苦笑いしている。 全員制服を着ていることから、帰るために部室を出てきた所で、二人の会話を聞いたらしい。 「お前ら…」 「なんだ、皆、そう思ってたんすね」 「…越前」 リョーマの言葉に、手塚がガックリと肩を落とす。 その様子に、今度は全員が笑う。 「お前ら、さっさと帰れ。それとも、グラウンド走るか?」 「何だよ、部室のすぐ側で話してる方が悪いんだろ」 手塚の言葉に、菊丸が文句を言う。 「まぁまぁ、手塚も周りを気にする余裕はなかったんだろうし、まともな中学生だったことが分かったんだからいいじゃないか」 と、フォローに全くなっていない言葉で、大石が菊丸を宥める。 「大石…」 「じゃ、俺らは帰るから。頑張ってデートに誘えよ」 言って、ニッコリ笑って、大石が皆を促して二人から離れていく。 それを呆然と見送って… 「…大石先輩って、ラスボス?」 と、リョーマが呟いたのも無理はない。 その言葉に頷きかけて、手塚はコホンと咳払いをする。 「で、返事は?」 「もちろんOK。…断る訳ないっしょ」 その言葉に、落ちていた気持ちが浮上して、手塚の顔に笑みが浮かぶ。 「ありがとう」 「でも…」 「ん?」 「あんたの口からデートなんて…雨降るんじゃないっすか?」 「越前…」 せっかく浮上した気持ちが、またも落とされる。 そんな手塚を見て、リョーマが楽しそうに笑う。 「冗談っすよ。俺らも着替えて帰ろ」 「…そうだな」 いつの間にか残っているのは、手塚とリョーマだけで、二人は急いで着替えると、鍵を閉めて部室を後にした。 いつもは途中で別れるのだが、今日はリョーマを家まで送り届け、門に入ったところでリョーマの唇に触れるだけのキスをして、手塚は帰って行った。 「…本当に、雨、降るかも」 雨どころか季節外れの雪でも降りそうだと、珍しすぎる手塚を見送って、リョーマは思ってしまった。 翌日の部活では、手塚は一日中機嫌が良くて、その理由を知っている三年レギュラー陣は肩を震わせて笑い、訳のわからない他の部員は頭にハテナマークを浮かべていた。 それを見てリョーマは、 「絶対に、雨だ」 と、呟いた。 そして、日曜日。 「………」 目覚めたリョーマは、窓の外を見て溜息をついた。 「やっぱ、雨」 土砂降りというわけではなく、シトシトと静かに降る雨だが、雨には違いない。 「ま、今日はテニスじゃないし、いいか」 呟きながら、でかける準備をする。 準備を終えて暫くすると手塚が迎えに来て、下におりていくと、手塚は菜々子に挨拶をしているところだった。 「部長」 声をかけると、手塚の顔に僅かに笑みが浮かぶ。 「やっぱり、雨降ったね」 ニッと笑って言うと、手塚が苦い顔をする。 それを見て、リョーマが楽しそうに笑う。 「じゃ、行ってきます」 「いってらっしゃい。楽しんで来て下さいね」 菜々子ににこやかに見送られて、二人は初めてのデートに出掛けていった。 二人が出掛けたのは、駅前の映画館。 ちょうど見たい映画もあって、最初のデートは無難に映画にしたのだが、今日はそれで大正解だった。 上映まで時間があるので、館内のフードコートで少し早目の昼食を摂ってから、中に入る。 雨ということもあって結構な人数がいて、二人の席は後ろの方だった。 見に行ったのはSF系の映画だが、恋愛要素も多分に取り入れられていて、カップルが多いのも納得がいく。 ストーリー自体も面白く、リョーマが映画に集中していると、不意に手が温かいものに包まれた。 (?) 手を見ると、リョーマの手に手塚の手が重ねられていた。 手塚の方に目を向けると、柔らかな笑みを湛えた端正な顔があった。 視線が絡み合って、手塚がリョーマにそっと口づける。 唇を離してフッと笑った後、手塚も映画に意識を向けた。 (…お約束すぎ) そんなことを思いながらも、リョーマは顔を熱くしていた。 (折角のデートだし、ここなら目立たないし…) そう胸の内で言い訳して、重ねられている方の手を手のひらを上にして、手塚の手に指を絡めて繋いだ。 少し驚いた気配はあったが、すぐに強く握り返してきた。 それが嬉しくて、映画を見ている間中、リョーマは上機嫌だった。 「楽しかった〜」 「そうだな」 終わってもまだ上機嫌なリョーマに、手塚も自然と笑顔になる。 「あ」 外に出て、リョーマが小さく声を上げる。 「雨、上がってる」 「ああ。お前が珍しく時間内に準備を終わらせていたお陰だな」 「…何それ」 「お前が遅刻しないなんて、それこそ雨が降ってもおかしくないだろう?」 「でも、今日の雨は絶対に部長のせいっすよ」 「まぁ、そうだろうな」 「え?」 素直に認めた手塚を、思わず見上げる。 「雨が降ったのは、先にらしくない事をした俺のせい。そして、雨が上がったのは珍しく遅刻しなかったお前のせい」 「それって…雨と雨がぶつかって相殺されたってこと?」 「他にないだろう?」 答える手塚は、いたって真面目な顔をしている。 その無茶な理屈に、リョーマは堪らず吹き出した。 「ぶ、部長が、そんなこと、言うなんて」 大笑いしながらリョーマが言う。 「あーおかしい、おかしすぎてお腹痛い」 笑い過ぎて、リョーマの目尻に涙が浮かんでいる。 「…そんなに笑うな」 「だ、だって」 「そんなに笑うなら、テニスは無しにするぞ」 「へ?」 テニスの言葉に、リョーマの笑いが治まる。 (…効果覿面だな) 見事に笑いが治まったことに、手塚が笑う。 「テニスって…」 呟いて、リョーマは手塚を見た。 雨は上がっているが、地面は乾いておらず、どこのコートもテニスが出来るようなコンディションではないだろう。 「インドア、予約している」 不思議そうに見上げるリョーマの頭をポンと叩いて、手塚が言った。 「………」 雨でなければテニスがしたいと思っていたから、内心では嬉しいのだが、素直に喜ぶのは癪に障る。 「インドアって…部長も今日は雨だと思ってたんじゃん」 「備えあれば憂いなし、だ」 不貞腐れた口調で呟くリョーマに、手塚が苦笑して答えた。 「ほら、ラケットとウェアを取りに戻って行くぞ」 「う〜〜〜」 手塚の思惑通りに進んで、リョーマが唸る。 (なんか、悔しい) デートなんてしたことがなくて、色々と戸惑うであろう手塚の姿を楽しみにしていたのに、始終手塚のペースで何だか負けた様な気がする。 だから… リョーマの背を軽く叩いて歩き出した手塚の腕に、自分の腕を絡めた。 「え、越前」 リョーマの突然の行動に、手塚がうろたえる。 それを見て、リョーマがニッコリ笑う。 「さ、早くいこ」 腕を組んだまま、歩いてゆく。 手塚は溜息をついたが、腕を振り解くようなことはしなかった。 『テニスでリベンジだ』 二人ともがそう思っていることは、この時点では、まだ知らない。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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