小説(テニスの王子様)

※雨のち晴れ
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 それは、手塚とリョーマが付き合い始めて1カ月程が過ぎた、ある日のこと。

「越前」
 部活後の片付けを終え、部室に戻ろうとしたリョーマを手塚が呼び止めた。
「何スか?」
「話があるのだが、少しいいか?」
「はぁ」
 部長に対するものとは思えない、荒井あたりが見たら即行で怒鳴りそうな気のない返事をする。
「リョーマくん、先に行くね」
 常にリョーマの側にいる一年生トリオの一人が声をかけ、そそくさと部室に入っていった。
 手塚が呼び止めるのは、説教の確率が高いので、巻き込まれないように逃げたのだった。
「で、何?」
 周りに人がいなくなると、リョーマの口調が変わる。
 素っ気ないのには変わりないが、どこか柔らかい。
「日曜は部活が休みになるのだが…何か用はあるか?」
「特にはないっすけど…休みなんすか?」
「ああ。うちはコートの痛みが早いからな、業者の整備があるんだ」
 その言葉に、リョーマも納得する。
 河村や桃城のパワーボールや、手塚・リョーマ・不二の接地してから回転のかかるボールなど、コートを痛める要因は沢山あった。
「それで?」
 休みの訳は分かったが、リョーマを呼び止めた理由が分からない。
「その…だな、用がないのなら、出掛けないか?…二人で」
 言われて、リョーマが少しだけ驚いた顔をする。
「それって…」
「所謂…デート、というやつだな」
 いつもと変わらない無表情に見えるが、どこか照れているようにリョーマには感じた。
 そして、その言葉に今度はハッキリと判るぐらいに驚いた顔をする。
「部長…」
 驚いた顔のまま、呼びかける。
「何だ?」
「デートって言葉、知ってたんすね…」
「…え」
 リョーマの言葉の意味を一瞬考えてしまって、少しの間が空いた。
 ゆっくりとリョーマに顔を向けると、リョーマは驚きつつも真面目な顔をしている。
(俺は、何かおかしな事を言ったか?)
 リョーマの態度の意味が解らず、じっと見つめてしまう。
 リョーマの方も手塚から視線を逸らさず、結果的に見つめ合う格好になった。

『プッ』

 そんな二人の横から、思い切り吹き出す音が聞こえた。
「「?」」
 二人がその方に顔を向けると、いつから居たのか、三年レギュラーが揃っていた。
 吹き出したのは不二と菊丸のようで、俯いて肩を震わせている。
「あーもう、おチビ最高!」
 暫くは堪えていたが、我慢出来なくなって菊丸が大笑いしながら言った。
「思ってても言わないこと、ハッキリ言うんだもんな〜」
「て、手塚から、デートなんて言葉が出るなんて、ホントびっくり…」
 と、不二も笑いながら言う。
 思い切り笑っているのは、不二と菊丸。
 乾はニヤついてノートに書き込み、
 大石と河村は苦笑いしている。
 全員制服を着ていることから、帰るために部室を出てきた所で、二人の会話を聞いたらしい。
「お前ら…」
「なんだ、皆、そう思ってたんすね」
「…越前」
 リョーマの言葉に、手塚がガックリと肩を落とす。
 その様子に、今度は全員が笑う。
「お前ら、さっさと帰れ。それとも、グラウンド走るか?」
「何だよ、部室のすぐ側で話してる方が悪いんだろ」
 手塚の言葉に、菊丸が文句を言う。
「まぁまぁ、手塚も周りを気にする余裕はなかったんだろうし、まともな中学生だったことが分かったんだからいいじゃないか」
 と、フォローに全くなっていない言葉で、大石が菊丸を宥める。
「大石…」
「じゃ、俺らは帰るから。頑張ってデートに誘えよ」
 言って、ニッコリ笑って、大石が皆を促して二人から離れていく。
 それを呆然と見送って…
「…大石先輩って、ラスボス?」
 と、リョーマが呟いたのも無理はない。
 その言葉に頷きかけて、手塚はコホンと咳払いをする。
「で、返事は?」
「もちろんOK。…断る訳ないっしょ」
 その言葉に、落ちていた気持ちが浮上して、手塚の顔に笑みが浮かぶ。
「ありがとう」
「でも…」
「ん?」
「あんたの口からデートなんて…雨降るんじゃないっすか?」
「越前…」
 せっかく浮上した気持ちが、またも落とされる。
 そんな手塚を見て、リョーマが楽しそうに笑う。
「冗談っすよ。俺らも着替えて帰ろ」
「…そうだな」
 いつの間にか残っているのは、手塚とリョーマだけで、二人は急いで着替えると、鍵を閉めて部室を後にした。
 いつもは途中で別れるのだが、今日はリョーマを家まで送り届け、門に入ったところでリョーマの唇に触れるだけのキスをして、手塚は帰って行った。

「…本当に、雨、降るかも」

 雨どころか季節外れの雪でも降りそうだと、珍しすぎる手塚を見送って、リョーマは思ってしまった。

 翌日の部活では、手塚は一日中機嫌が良くて、その理由を知っている三年レギュラー陣は肩を震わせて笑い、訳のわからない他の部員は頭にハテナマークを浮かべていた。
 それを見てリョーマは、
「絶対に、雨だ」
 と、呟いた。



 そして、日曜日。

「………」
 目覚めたリョーマは、窓の外を見て溜息をついた。
「やっぱ、雨」
 土砂降りというわけではなく、シトシトと静かに降る雨だが、雨には違いない。
「ま、今日はテニスじゃないし、いいか」
 呟きながら、でかける準備をする。
 準備を終えて暫くすると手塚が迎えに来て、下におりていくと、手塚は菜々子に挨拶をしているところだった。
「部長」
 声をかけると、手塚の顔に僅かに笑みが浮かぶ。
「やっぱり、雨降ったね」
 ニッと笑って言うと、手塚が苦い顔をする。
 それを見て、リョーマが楽しそうに笑う。
「じゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい。楽しんで来て下さいね」
 菜々子ににこやかに見送られて、二人は初めてのデートに出掛けていった。


 二人が出掛けたのは、駅前の映画館。
 ちょうど見たい映画もあって、最初のデートは無難に映画にしたのだが、今日はそれで大正解だった。
 上映まで時間があるので、館内のフードコートで少し早目の昼食を摂ってから、中に入る。
 雨ということもあって結構な人数がいて、二人の席は後ろの方だった。
 見に行ったのはSF系の映画だが、恋愛要素も多分に取り入れられていて、カップルが多いのも納得がいく。
 ストーリー自体も面白く、リョーマが映画に集中していると、不意に手が温かいものに包まれた。
(?)
 手を見ると、リョーマの手に手塚の手が重ねられていた。
 手塚の方に目を向けると、柔らかな笑みを湛えた端正な顔があった。
 視線が絡み合って、手塚がリョーマにそっと口づける。
 唇を離してフッと笑った後、手塚も映画に意識を向けた。
(…お約束すぎ)
 そんなことを思いながらも、リョーマは顔を熱くしていた。
(折角のデートだし、ここなら目立たないし…)
 そう胸の内で言い訳して、重ねられている方の手を手のひらを上にして、手塚の手に指を絡めて繋いだ。
 少し驚いた気配はあったが、すぐに強く握り返してきた。
 それが嬉しくて、映画を見ている間中、リョーマは上機嫌だった。

「楽しかった〜」
「そうだな」
 終わってもまだ上機嫌なリョーマに、手塚も自然と笑顔になる。
「あ」
 外に出て、リョーマが小さく声を上げる。
「雨、上がってる」
「ああ。お前が珍しく時間内に準備を終わらせていたお陰だな」
「…何それ」
「お前が遅刻しないなんて、それこそ雨が降ってもおかしくないだろう?」
「でも、今日の雨は絶対に部長のせいっすよ」
「まぁ、そうだろうな」
「え?」
 素直に認めた手塚を、思わず見上げる。
「雨が降ったのは、先にらしくない事をした俺のせい。そして、雨が上がったのは珍しく遅刻しなかったお前のせい」
「それって…雨と雨がぶつかって相殺されたってこと?」
「他にないだろう?」
 答える手塚は、いたって真面目な顔をしている。
 その無茶な理屈に、リョーマは堪らず吹き出した。
「ぶ、部長が、そんなこと、言うなんて」
 大笑いしながらリョーマが言う。
「あーおかしい、おかしすぎてお腹痛い」
 笑い過ぎて、リョーマの目尻に涙が浮かんでいる。
「…そんなに笑うな」
「だ、だって」
「そんなに笑うなら、テニスは無しにするぞ」
「へ?」
 テニスの言葉に、リョーマの笑いが治まる。
(…効果覿面だな)
 見事に笑いが治まったことに、手塚が笑う。
「テニスって…」
 呟いて、リョーマは手塚を見た。
 雨は上がっているが、地面は乾いておらず、どこのコートもテニスが出来るようなコンディションではないだろう。
「インドア、予約している」
 不思議そうに見上げるリョーマの頭をポンと叩いて、手塚が言った。
「………」
 雨でなければテニスがしたいと思っていたから、内心では嬉しいのだが、素直に喜ぶのは癪に障る。
「インドアって…部長も今日は雨だと思ってたんじゃん」
「備えあれば憂いなし、だ」
 不貞腐れた口調で呟くリョーマに、手塚が苦笑して答えた。
「ほら、ラケットとウェアを取りに戻って行くぞ」
「う〜〜〜」
 手塚の思惑通りに進んで、リョーマが唸る。
(なんか、悔しい)
 デートなんてしたことがなくて、色々と戸惑うであろう手塚の姿を楽しみにしていたのに、始終手塚のペースで何だか負けた様な気がする。
 だから…
 リョーマの背を軽く叩いて歩き出した手塚の腕に、自分の腕を絡めた。
「え、越前」
 リョーマの突然の行動に、手塚がうろたえる。
 それを見て、リョーマがニッコリ笑う。
「さ、早くいこ」
 腕を組んだまま、歩いてゆく。
 手塚は溜息をついたが、腕を振り解くようなことはしなかった。

『テニスでリベンジだ』

 二人ともがそう思っていることは、この時点では、まだ知らない。


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