1/1ページ目 「…アタック!」 ヴァンガードをレストさせ、とどめの一撃を加える。 「くっ」 相手は防御する事も出来ず、六枚目のカードがダメージゾーンに置かれた。 「勝った…」 ふぅと息を吐き、緊張を解く。 バトルを終えた顔は、先程までの厳しいものとは違い、とても柔らかで優しいものになる。 「ありがとうございました」 礼をして席を立つと、櫂達のいるテーブルに向かった。 「スゲーな、アイチ。このところ連戦連勝じゃないか」 櫂の隣にアイチが座ると、櫂の向かい側に座っている三和が声をかけてきた。 「三和くん…ありがとう」 その言葉を、アイチは恥ずかしそうに受け止める。 「俺様の一番弟子なんだから、それぐらい当然だ」 腕を組んで、ふんぞり返って言うのは、アイチの同級生の森川。 「あ、あはは…」 その言葉には、苦笑いを浮かべる。 「しっかし、先導ってここ以外でファイトしてるのって見たことないけど、どこで練習してるんだ?大会には何度か出てるけど、あれは練習じゃないし、大会は何度か負けてるもんな」 森川の横に立っている井崎がアイチに尋ねる。 「うん、実際のファイトは大会以外じゃここでしかしてないよ。でも、イメージトレーニングはしてる」 「「イメージトレーニング?」」 森川と井崎が声を揃える。 「イメージトレーニングってのは、実際のファイトのシミュレーションを空想の中で行う事だ。そのイメージを実際のファイトでも実行出来るようになれば、強くなるってこと。特にヴァンガードはイメージすることが重要だから、イメージトレーニングは効果大だと思うぜ。な、櫂」 森川達の疑問に三和が答え、櫂に振る。 「…まぁな」 短く、櫂が肯定する。 「へぇ〜じゃ、イメージの中じゃ先導がいつも勝ってるのか」 「ううん、いつも負けてる」 井崎の問いに、恥ずかしそうにアイチが答える。 「へ?」 その言葉には、井崎と森崎だけでなく、三和までもがアイチを凝視した。 「お前、まだ雑兵なのか?俺様の弟子が情けねぇ」 「先生にも言われただろう?イメージの中ぐらい、自分を活躍させろよ」 「そ、そんな事言ったって…」 森川と井崎の言葉に、アイチは顔を赤くする。 「まぁまぁ。でも、イメージは負けてるのに実際には勝ってるてのは凄いんじゃないか?」 三和がアイチを庇うように言う。 「言われてみれば…でも、負けてちゃトレーニングにならねぇんじゃねぇの?」 「だ、だって…相手、いつも櫂くんなんだもん。勝てる訳ないじゃない」 「お前、イメージの中までもコイツ追いかけてるのかよ」 森川が櫂を指さして、呆れたように言う。 「確かに、櫂が相手なら、負けたとしても強くなるわな。いよっ、愛されてるね〜櫂くん」 三和が櫂を見て、ニヤニヤしながら言った。 その言葉に、アイチの顔が益々赤くなる。 (…ホント、一途だよな) そんなアイチを見て、三和は思う。 アイチが櫂に憧れていることは、誰もが知っているが、三和はアイチが櫂を追いかける本当の想いを知っている。 知っているからこそ、櫂を引き合いに出す。 そして、そこまで思われている櫂を、少しばかり羨ましいとも思う。 チラリと櫂を盗み見るが、櫂の方は全く表情が変わらない。 (もう少し、欠片でいいから感情を見せてやれば、アイチも喜ぶだろうに…) そんなことを思って、苦笑する。 (それが出来る奴なら、苦労はしないか) 今度はアイチの方を見る。 チラリと櫂を見るが、隣に座っているにも関わらず、一度も視線が合う事はない。 (ホント、二人とも不器用) 「イメージの中でしか、櫂くんが相手をしてくれることはないから僕は嬉しいんだけど、気がついたらいつも朝で…途中から寝ちゃってるんだよね。だから、どこまでがイメージトレーニングなのか分からない…」 アイチがそう言うと、一瞬静まり返った後、店内が笑いに包まれた。 「………」 赤くなって体を小さくしているアイチを、櫂はじっと見つめていた。 家に戻って夕飯を食べ入浴を済ませると、アイチはカードを手にベッドに腰掛けて目を閉じた。 「………」 イメージトレーニングは確かにしているが、三和達が考えている普通のイメージトレーニングとは違っている。 目を閉じると、惑星クレイの風景が広がる。 そこに、アイチが姿を現す。 もちろん、実体ではない。霊体というよりも精神体という感じだ。 PSYクオリアの力に似ているが、PSYクオリアとは微妙に違っている。PSYクオリアのようにファイトに影響を与える力ではないし、アイチが変わってしまうこともない。 クレイに降り立ったアイチの側にはアイチのユニットたちがいて、まるで長年の友人達のように楽しい時間を過ごしている。 そして、暫くすると、櫂がその場に現れる。 「櫂くん」 「…また来たのか、アイチ」 そう言ってはいるが、アイチがその場にいることを嫌がっている様子はない。 「来るにきまってるでしょ。ここだと、櫂くんと同じ空間で同じ時間を過ごせるんだから」 「そうだな」 言って、アイチが微笑むと、櫂も口の端を上げて答える。 櫂が現れて、最初はカードファイトをする。 カードキャピタルで言ったように、アイチは全敗…している訳では実はない。 滅多にないが、アイチが勝つこともあった。 アイチの勝率も少しずつ上がり、櫂は自分が勝つよりもアイチが勝った時の方が機嫌がいい。 カードファイトはこの一戦だけで、ファイトが終わると同時にユニット達は姿を消し、二人だけとなる。 この世界では、二人は恋人同士だった。 「アイチ」 「櫂くん…」 二人になると、櫂はアイチを抱き寄せてキスをする。 軽く触れ合わせた後、啄むような口づけを繰り返して、少しずつ深くなってゆく。 精神体であるはずなのに、不思議なことにこの世界では触れ合うことが出来る。感触もリアルで、本当にそこに二人でいるかのように感じる。 アイチが途中から、これがイメージではないと思うのは、これがあるからだった。 二人のファイトや恋人…という設定だけならイメージかもしれない。だが、二人が交わす行為はただの願望。そう、イメージではなく夢。 夢は願望を映す鏡。 現実の世界では決して敵う事のない想いと願い。 この世界の二人は、現実の目覚めまで甘い時を過ごす。 それは、決して現実の櫂では有り得ない事。 現実の櫂に想いを告げる事は出来ない。 告白して嫌われてしまうのが怖い。ようやく少し距離が縮まったのに、それを壊す事はアイチには出来ない。 だから、現実逃避だと解っていても、ここに来ることを止められない。 ある意味、PSYクオリアよりも厄介かもしれなかった。 「どうした?アイチ」 「え?」 「何故、泣く?」 言われて、アイチは自分が涙を流していることに初めて気がついた。 「この世界が…櫂くんが優しくて。この惑星クレイに櫂くんとこうしていつまでもいたいけど、それは…いけない事なんだよね。今の僕は、昔に逆戻りしてる。このままじゃ…告白なんてしなくても櫂くんに嫌われてしまう…」 「アイチ…」 頬に流れる涙を、櫂が唇で拭う。 「どんなお前でも、俺が嫌うことは決してない」 「櫂くん?」 「俺達はここでしか素直になれない。お前が夢だと思っているこの世界で逢っている時にだけ、自分の気持ちに正直でいられる。…逃げているのは俺も同じだ」 その言葉に、アイチは顔を上げて櫂を見た。 「それって…」 「明日の放課後、公園のあの池のところで落ち合おう」 「櫂くん…」 「ここに来るのが悪いとは言わない。だけど、いい加減に現実にも向き合おう。次にここに来るのは、それからだ」 言って、櫂はアイチを抱きしめた。 「…うん」 答えて、アイチも櫂を抱きしめた。 「朝…」 現実世界に戻ってくると、いつものように朝だった。 夢だと思うのに、櫂に抱きしめられた感触が残っている。そして、別れ際のあの言葉。 「あの言葉は現実…なの?だとしたら…」 昨夜の櫂の言葉は、ある可能性を示していた。 「…放課後になったら、解るよね」 今考えていても、何も分かりはしない。 全ては、今日の放課後にハッキリすることだった。 落ち着かない一日を過ごし、授業が終わるとアイチはカードキャピタルへの誘いを断って公園へと向かった。 池のほとりの、いつもアイチが座っている場所ではなく、その少し横の柵から、水面を眺める。 (あれが…全部本当にあったことなの?) それは、あまりにも自分に都合のいいことで、今一つ信じることが出来ない。 だが、櫂の言葉が自分の願望から出ただけの物とも思えない。 (…わからない) アイチは考えることに集中していて、自分に近づいてくる人物には気づかなかった。 その人物が、アイチを背後から抱きしめた。 (えっ) 抱きしめられて、初めて人がいたことに気がついた。 振り向こうとしたが、強く抱きしめられていて身動きが取れない。 仕方なく水面に目を向けると、自分の後ろに映っているのは… 「櫂…くん?」 「来て…くれたんだな」 それは、アイチの考えを肯定する言葉だった。 「やっぱり、あの世界は…」 「体感的には夢だが、おそらくは、どこかに存在しているのだろう」 イメージの中だけでなく、本当に存在する世界。 そこにアイチが現れたのは、PSYクオリアの名残なのかもしれない。 そして、櫂はアイチに引き寄せられたのだろう。 「あの世界の櫂くんは…本物?」 「…そうだ」 肯定されて、ドキリと鼓動が高鳴る。 あの世界の二人共が本物だと言うのなら… 「…櫂くんが好きって、言ってもいいの?」 「言ってくれなくては困る」 言われて、櫂が背後から抱きしめている理由が解った。 恥ずかしいのだ。 普段ならば、決して口にしないような言葉だから。 水面に姿は映っているが、風で揺れているためハッキリとは分からない。それでも、照れていることは何となく解った。 「櫂くん、大好き」 アイチがそう言うと、ようやく腕の力が緩んで向かい合った。 「アイチ」 名を呼んで、櫂の顔が近付いてくる。 目を閉じると、唇が重ねられた。 触れるだけの口づけをして、離れてゆく。 「もう、あの場所に行くことはないのかな?」 言って、櫂の胸に身体を預ける。 「いや、こうして逢うことが出来ない時は、あの場所で。…続きもあそこでな」 その言葉にアイチが頷く。 あの場所では、全てを櫂に捧げている。 「だが、いずれは…」 「…うん」 櫂の言葉に、アイチは顔を赤くして胸に顔を埋めた。 そんなアイチを、櫂が包み込むように抱きしめる。 現実の二人は、まだまだこれから。 素直に言葉に出来ない想いは、夢で逢う時に。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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