小説(ヴァンガード)

夢で逢えたら
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「…アタック!」
 ヴァンガードをレストさせ、とどめの一撃を加える。
「くっ」
 相手は防御する事も出来ず、六枚目のカードがダメージゾーンに置かれた。
「勝った…」
 ふぅと息を吐き、緊張を解く。
 バトルを終えた顔は、先程までの厳しいものとは違い、とても柔らかで優しいものになる。
「ありがとうございました」
 礼をして席を立つと、櫂達のいるテーブルに向かった。
「スゲーな、アイチ。このところ連戦連勝じゃないか」
 櫂の隣にアイチが座ると、櫂の向かい側に座っている三和が声をかけてきた。
「三和くん…ありがとう」
 その言葉を、アイチは恥ずかしそうに受け止める。
「俺様の一番弟子なんだから、それぐらい当然だ」
 腕を組んで、ふんぞり返って言うのは、アイチの同級生の森川。
「あ、あはは…」
 その言葉には、苦笑いを浮かべる。
「しっかし、先導ってここ以外でファイトしてるのって見たことないけど、どこで練習してるんだ?大会には何度か出てるけど、あれは練習じゃないし、大会は何度か負けてるもんな」
 森川の横に立っている井崎がアイチに尋ねる。
「うん、実際のファイトは大会以外じゃここでしかしてないよ。でも、イメージトレーニングはしてる」
「「イメージトレーニング?」」
 森川と井崎が声を揃える。
「イメージトレーニングってのは、実際のファイトのシミュレーションを空想の中で行う事だ。そのイメージを実際のファイトでも実行出来るようになれば、強くなるってこと。特にヴァンガードはイメージすることが重要だから、イメージトレーニングは効果大だと思うぜ。な、櫂」
 森川達の疑問に三和が答え、櫂に振る。
「…まぁな」
 短く、櫂が肯定する。
「へぇ〜じゃ、イメージの中じゃ先導がいつも勝ってるのか」
「ううん、いつも負けてる」
 井崎の問いに、恥ずかしそうにアイチが答える。
「へ?」
 その言葉には、井崎と森崎だけでなく、三和までもがアイチを凝視した。
「お前、まだ雑兵なのか?俺様の弟子が情けねぇ」
「先生にも言われただろう?イメージの中ぐらい、自分を活躍させろよ」
「そ、そんな事言ったって…」
 森川と井崎の言葉に、アイチは顔を赤くする。
「まぁまぁ。でも、イメージは負けてるのに実際には勝ってるてのは凄いんじゃないか?」
 三和がアイチを庇うように言う。
「言われてみれば…でも、負けてちゃトレーニングにならねぇんじゃねぇの?」
「だ、だって…相手、いつも櫂くんなんだもん。勝てる訳ないじゃない」
「お前、イメージの中までもコイツ追いかけてるのかよ」
 森川が櫂を指さして、呆れたように言う。
「確かに、櫂が相手なら、負けたとしても強くなるわな。いよっ、愛されてるね〜櫂くん」
 三和が櫂を見て、ニヤニヤしながら言った。
 その言葉に、アイチの顔が益々赤くなる。
(…ホント、一途だよな)
 そんなアイチを見て、三和は思う。
 アイチが櫂に憧れていることは、誰もが知っているが、三和はアイチが櫂を追いかける本当の想いを知っている。
 知っているからこそ、櫂を引き合いに出す。
 そして、そこまで思われている櫂を、少しばかり羨ましいとも思う。
 チラリと櫂を盗み見るが、櫂の方は全く表情が変わらない。
(もう少し、欠片でいいから感情を見せてやれば、アイチも喜ぶだろうに…)
 そんなことを思って、苦笑する。
(それが出来る奴なら、苦労はしないか)
 今度はアイチの方を見る。
 チラリと櫂を見るが、隣に座っているにも関わらず、一度も視線が合う事はない。
(ホント、二人とも不器用)
「イメージの中でしか、櫂くんが相手をしてくれることはないから僕は嬉しいんだけど、気がついたらいつも朝で…途中から寝ちゃってるんだよね。だから、どこまでがイメージトレーニングなのか分からない…」
 アイチがそう言うと、一瞬静まり返った後、店内が笑いに包まれた。
「………」
 赤くなって体を小さくしているアイチを、櫂はじっと見つめていた。



 家に戻って夕飯を食べ入浴を済ませると、アイチはカードを手にベッドに腰掛けて目を閉じた。
「………」
 イメージトレーニングは確かにしているが、三和達が考えている普通のイメージトレーニングとは違っている。
 目を閉じると、惑星クレイの風景が広がる。
 そこに、アイチが姿を現す。
 もちろん、実体ではない。霊体というよりも精神体という感じだ。
 PSYクオリアの力に似ているが、PSYクオリアとは微妙に違っている。PSYクオリアのようにファイトに影響を与える力ではないし、アイチが変わってしまうこともない。
 クレイに降り立ったアイチの側にはアイチのユニットたちがいて、まるで長年の友人達のように楽しい時間を過ごしている。
 そして、暫くすると、櫂がその場に現れる。
「櫂くん」
「…また来たのか、アイチ」
 そう言ってはいるが、アイチがその場にいることを嫌がっている様子はない。
「来るにきまってるでしょ。ここだと、櫂くんと同じ空間で同じ時間を過ごせるんだから」
「そうだな」
 言って、アイチが微笑むと、櫂も口の端を上げて答える。
 櫂が現れて、最初はカードファイトをする。
 カードキャピタルで言ったように、アイチは全敗…している訳では実はない。
 滅多にないが、アイチが勝つこともあった。
 アイチの勝率も少しずつ上がり、櫂は自分が勝つよりもアイチが勝った時の方が機嫌がいい。
 カードファイトはこの一戦だけで、ファイトが終わると同時にユニット達は姿を消し、二人だけとなる。
 この世界では、二人は恋人同士だった。
「アイチ」
「櫂くん…」
 二人になると、櫂はアイチを抱き寄せてキスをする。
 軽く触れ合わせた後、啄むような口づけを繰り返して、少しずつ深くなってゆく。
 精神体であるはずなのに、不思議なことにこの世界では触れ合うことが出来る。感触もリアルで、本当にそこに二人でいるかのように感じる。
 アイチが途中から、これがイメージではないと思うのは、これがあるからだった。
 二人のファイトや恋人…という設定だけならイメージかもしれない。だが、二人が交わす行為はただの願望。そう、イメージではなく夢。
 夢は願望を映す鏡。
 現実の世界では決して敵う事のない想いと願い。
 この世界の二人は、現実の目覚めまで甘い時を過ごす。
 それは、決して現実の櫂では有り得ない事。
 現実の櫂に想いを告げる事は出来ない。
 告白して嫌われてしまうのが怖い。ようやく少し距離が縮まったのに、それを壊す事はアイチには出来ない。
 だから、現実逃避だと解っていても、ここに来ることを止められない。
 ある意味、PSYクオリアよりも厄介かもしれなかった。
「どうした?アイチ」
「え?」
「何故、泣く?」
 言われて、アイチは自分が涙を流していることに初めて気がついた。
「この世界が…櫂くんが優しくて。この惑星クレイに櫂くんとこうしていつまでもいたいけど、それは…いけない事なんだよね。今の僕は、昔に逆戻りしてる。このままじゃ…告白なんてしなくても櫂くんに嫌われてしまう…」
「アイチ…」
 頬に流れる涙を、櫂が唇で拭う。
「どんなお前でも、俺が嫌うことは決してない」
「櫂くん?」
「俺達はここでしか素直になれない。お前が夢だと思っているこの世界で逢っている時にだけ、自分の気持ちに正直でいられる。…逃げているのは俺も同じだ」
 その言葉に、アイチは顔を上げて櫂を見た。
「それって…」
「明日の放課後、公園のあの池のところで落ち合おう」
「櫂くん…」
「ここに来るのが悪いとは言わない。だけど、いい加減に現実にも向き合おう。次にここに来るのは、それからだ」
 言って、櫂はアイチを抱きしめた。
「…うん」
 答えて、アイチも櫂を抱きしめた。



「朝…」
 現実世界に戻ってくると、いつものように朝だった。
 夢だと思うのに、櫂に抱きしめられた感触が残っている。そして、別れ際のあの言葉。
「あの言葉は現実…なの?だとしたら…」
 昨夜の櫂の言葉は、ある可能性を示していた。
「…放課後になったら、解るよね」
 今考えていても、何も分かりはしない。
 全ては、今日の放課後にハッキリすることだった。


 落ち着かない一日を過ごし、授業が終わるとアイチはカードキャピタルへの誘いを断って公園へと向かった。
 池のほとりの、いつもアイチが座っている場所ではなく、その少し横の柵から、水面を眺める。
(あれが…全部本当にあったことなの?)
 それは、あまりにも自分に都合のいいことで、今一つ信じることが出来ない。
 だが、櫂の言葉が自分の願望から出ただけの物とも思えない。
(…わからない)
 アイチは考えることに集中していて、自分に近づいてくる人物には気づかなかった。
 その人物が、アイチを背後から抱きしめた。
(えっ)
 抱きしめられて、初めて人がいたことに気がついた。
 振り向こうとしたが、強く抱きしめられていて身動きが取れない。
 仕方なく水面に目を向けると、自分の後ろに映っているのは…
「櫂…くん?」
「来て…くれたんだな」
 それは、アイチの考えを肯定する言葉だった。
「やっぱり、あの世界は…」
「体感的には夢だが、おそらくは、どこかに存在しているのだろう」
 イメージの中だけでなく、本当に存在する世界。
 そこにアイチが現れたのは、PSYクオリアの名残なのかもしれない。
 そして、櫂はアイチに引き寄せられたのだろう。
「あの世界の櫂くんは…本物?」
「…そうだ」
 肯定されて、ドキリと鼓動が高鳴る。
 あの世界の二人共が本物だと言うのなら…
「…櫂くんが好きって、言ってもいいの?」
「言ってくれなくては困る」
 言われて、櫂が背後から抱きしめている理由が解った。
 恥ずかしいのだ。
 普段ならば、決して口にしないような言葉だから。
 水面に姿は映っているが、風で揺れているためハッキリとは分からない。それでも、照れていることは何となく解った。
「櫂くん、大好き」
 アイチがそう言うと、ようやく腕の力が緩んで向かい合った。
「アイチ」
 名を呼んで、櫂の顔が近付いてくる。
 目を閉じると、唇が重ねられた。
 触れるだけの口づけをして、離れてゆく。
「もう、あの場所に行くことはないのかな?」
 言って、櫂の胸に身体を預ける。
「いや、こうして逢うことが出来ない時は、あの場所で。…続きもあそこでな」
 その言葉にアイチが頷く。
 あの場所では、全てを櫂に捧げている。
「だが、いずれは…」
「…うん」
 櫂の言葉に、アイチは顔を赤くして胸に顔を埋めた。
 そんなアイチを、櫂が包み込むように抱きしめる。

 現実の二人は、まだまだこれから。

 素直に言葉に出来ない想いは、夢で逢う時に。


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