小説(ヴァンガード)

夢で逢えたら SIDE:櫂
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 いつからだろう…
 気がつけば、俺はクレイの大地に立っている。
 自分の意志ではない。
 何かに呼ばれて来たことだけは解る。
「誰だ?」
 最初はハッキリしなかった姿が、訪れる毎に明確になってゆく。
「アイチ?」
 そして、目の前に現れたのはアイチだった。
「櫂くん」
 俺を見て、アイチが嬉しそうに笑う。
 それは、俺の目には過ぎるくらいに眩しかった。
 一度、姿を認識してからは、いつでもハッキリとアイチが見える。
 それで解った。
 俺をここへと呼びよせているのは、アイチだということが。
 それは以前、PSYクオリアが見せた能力。
 だが、今回のこれは、PSYクオリアとは違う。いや、PSYクオリアの一種なのかもしれないが、以前のような悪印象はない。包み込むような温かさがある。
 先にここへ来ているのは、当然、アイチで、いつもロイヤルパラディンのユニット達と楽しそうに話をしている。
 俺の姿を見つけると、アイチが嬉しそうに駆けよってくる。
「櫂くん」
「…また来たのか」
「来るにきまってるでしょ。ここだと、櫂くんと同じ空間で同じ時間を過ごせるんだから」
「そうだな」
 アイチの言葉に肯定する。
 確かにそうだ。俺もアイチとの時間を過ごすためにここに来ている。
 来ている…といっても、俺一人ではここに来る事は出来ない。アイチに望まれて初めて、来る事が出来る。
 自分が呼びよせている…という自覚はアイチにはないようだ。
 カードキャピタルでの会話で解ったが、アイチはここでの出来事は全て覚えているが、それは夢の中の出来事だと思っている。
 それでいいと思っていたが、それは間違いだと、ようやく気がついた。


 この世界で、俺達は至福の時を過ごす。
 カードファイトをしたその後は、俺とアイチ、二人だけになる。
 誰の目も気にすることのない世界に二人きり。
 自分を誤魔化す必要のない世界では、理性など簡単に無くなってしまう。
 アイチを抱きたい、という衝動を抑えることなど出来はしなかった。
「アイチ」
「櫂くん…」
 抱き寄せて口づけても、アイチは抵抗しない。
 口づけだけでなく、身体を重ねても全く抵抗はない。それどころか、積極的に受け入れようとする。
 精神体であるはずなのに、現実の世界にいるように全ての感覚がある。
 口づけの甘さも、肌に触れる感触も、誘う様な匂いすらも全てがリアルで、錯覚してしまう。
「櫂くん、好き」
「ああ、俺もだ」
 現実では決して口にしない言葉。
 現実では告げる勇気のない俺は、この世界でアイチを思うまま蹂躙する。
 PSYクオリアという闇にアイチを落としてしまった時の恐怖が、現実での言葉を躊躇わせる。
「櫂くん、もっと…抱きしめて」
「ああ、アイチ」
 アイチが求めてくるのだから…と言い訳して、貪りつくす。
 この世界の俺はただの獣だ。
 そう思っても止められない。
 そんな時間を過ごして、気がついた。
 精神体の俺達が触れ合えるのは、現実に想い合っているからだということ。
 そして、俺だけでなく、アイチもこの世界に溺れてしまっているということに…気づいてしまった。
「………」
 腕の中で意識を失ってしまったアイチを見る。
 現実ではあまり見ない、とても幸せそうな顔をしている。
 この顔を、この世界ではなく、現実でさせてやらなければならない。
 この世界は、PSYクオリアの見せる世界とは違い幸福に満ちていて、PSYクオリア以上に抜け出すことが困難だ。
 幸福ではあるが、閉じこもっていて良い世界ではない。
 俺は、また、同じ過ちを犯してしまった。
「すまない、アイチ」
 呟いて、アイチに口づける。
 周りの景色が徐々に薄れてゆく。
 アイチが意識を失ったことで、現実の世界へと戻ってゆく。
「…一度、終わらせないとな」


 翌日も俺達は同じ時間を過ごしていた。
 だが、どこかいつもとは違う。
 アイチの様子がいつもとは違っていた。
 その証拠に、アイチは涙を流している。
「どうした?アイチ」
「え?」
「何故、泣く?」
「この世界が…櫂くんが優しくて。この惑星クレイに櫂くんとこうしていつまでもいたいけど、それは…いけない事なんだよね。今の僕は、昔に逆戻りしてる。このままじゃ…告白なんてしなくても櫂くんに嫌われてしまう…」
「アイチ…」
 頬に流れる涙を、唇で拭う。
 アイチは気付いていた。
 気付いて、自分から抜け出そうとしている。
 俺が決して敵わない、アイチの強さ。
「どんなお前でも、俺が嫌うことは決してない」
「櫂くん?」
「俺達はここでしか素直になれない。お前が夢だと思っているこの世界で逢っている時にだけ、自分の気持ちに正直でいられる。…逃げているのは俺も同じだ」
 アイチの強さに助けられて、ようやく言うべきことを言うことが出来た。
「それって…」
「明日の放課後、公園のあの池のところで落ち合おう」
「櫂くん…」
「ここに来るのが悪いとは言わない。だけど、いい加減に現実にも向き合おう。次にここに来るのは、それからだ」
 言って、アイチを抱きしめる。
「…うん」
 答えて、アイチが抱き返す。
 全ては、明日。



 待ち合わせ場所にアイチはいた。
 何か考え事をしているのか、俺が近付いても気付く気配がない。
 そっと近づいて、背中から抱きしめる。
「櫂…くん?」
「来て…くれたんだな」
「やっぱり、あの世界は…」
 俺の言葉に、アイチもあれが夢などではないことが解ったようだ。
 アイチがあの世界に行ったのは、PSYクオリアの名残なのかもしれない。
「あの世界の櫂くんは…本物?」
「…そうだ」
 アイチの鼓動が高鳴り、身体が微かに震える。
「…櫂くんが好きって、言ってもいいの?」
「言ってくれなくては困る」
 ここでも、俺はアイチに助けられる。
 言うべき言葉を、アイチが先に言ってくれる。
 あの世界ではいくらでも口にできた言葉が、現実では全く出てこない。
「櫂くん、大好き」
 こんな俺を導くように、アイチはいつも先に言葉にする。
「アイチ」
 アイチを俺の方に向けて、口づけた。
 言葉にならない言葉を伝えるために。
 触れるだけの口づけで、アイチは全てを理解してくれる。
「もう、あの場所に行くことはないのかな?」
 言って、アイチが身体を預けてくる。
「いや、こうして逢うことが出来ない時は、あの場所で。…続きもあそこでな」
 どうにか口に出来た言葉は、そんな即物的な物で呆れてしまうが、アイチは頷いてくれる。
「だが、いずれは…」
 ずっと、心の奥に潜めておいた想い。
「…うん」
 俺の言葉に、アイチは顔を胸に埋めた。耳まで赤くなっているのが解る。
 そんなアイチが愛しくて、包み込むように抱きしめる。

 現実の俺達は、まだまだこれからだ。
 だが、もう迷う事は無い。
 唯一人の、俺の先導者が側にいるのだから。


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