小説(ヴァンガード)

誇大イメージにご注意を2
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「アイチー、夏休みだからっていつまでも寝てないで起きなさいよ」
 先導アイチの妹、エミが扉の前で声をかける。
「…もう、起きてるよ」
 寝起きで力のある声ではないが、取り敢えず返事があったので、エミは中には入らずに
「二度寝しちゃダメだからね」
 そう言って、離れていった。
(なんか…変な夢、見ちゃったなぁ…)
 ベッドに横になったまま、天井を見上げてボーっとした頭で思い返す。
(ありえないことだったけど、妙にリアルで、それに…)
 夢を辿るように、反芻する。
(PSYクオリアに似た物を感じた…)
 そう、アイチが見た物は夢というよりもPSYクオリアのイメージに近かった。
(あれって僕の願望なのかな。でも…僕がイメージした訳じゃないし…何なんだろう?)
 自分のPSYクオリアでのイメージならば、もっと実感がある。あれは、誰かのイメージを外から眺めているような感じだった。
(…あれが現実だったら、もっと素直になれるのかな)
 そんなことを考えて苦笑する。
(無い物ねだりしたって仕方ない……いい加減に起きよう)
 頭を切り替えて、アイチがゆっくりと体を起こす。
(何か…体が重いような気がする…)
「ん?」
 上半身を起こすと、普段は何もない肩に重みを感じた。
 特に何かを考えた訳ではなかったが、胸に視線を向けた。
「…え」
 パジャマのボタンが今にも外れそうになっていて、恐る恐るボタンを外してみる。
「えっ」
 そこにあった物に息を呑む。
 そして…


「ええええぇぇぇぇーーーー!」


 アイチの一日は、絶叫から始まった。



 女のアイチ、なんてものをイメージしてしまった翌日、櫂はカードキャピタルに向かった。
 あまり気乗りはしなかったが、三和に行くと言ってしまった事と、何より、アイチに会ってその姿を見て、あのイメージを消し去りたかったからだった。
 アイチとの関係には、今のところしっくりとくる名前はない。
 互いに意識しているのは、何となく気付いている。
 だがそれを、言葉にも態度にも現したことはなかった。
(関係をハッキリさせないから、あんなものを見たのか?)
 櫂はアイチの性別には拘らないが、普通は違う。
 同性であることに、アイチは悩んで不安になっているのかもしれない。
 それを感じ取って、あんなイメージをしてしまったのだろうと櫂は思っていた。
(…一番の原因は、俺がアイチを欲しているということか)
 自分の内にある想いをハッキリと自覚した櫂は、ある決意を秘めてカードキャピタルに足を踏み入れた。
 店にいたのは、いつものメンバーだが誰もファイトをしていない。
 何かを囲むようにして、異様に盛り上がっていた。
(何だ?)
 あのメンバーが騒がしいのはいつものことだが、どうも様子が違っている。
「よ、櫂。ちゃんと来たな」
 店に入ってきた櫂に気付いて、三和が声をかけてきた。
 そこで、いつも最初に声をかけてくるミサキも店長代理すらもカウンターにいないことに気がついた。
「えっ、か、櫂君?」
 奥にいるのか姿は見えないが、今一番聞きたい声がした。
 いつも変わらない声にホッとして、一歩踏み出したところで輪が崩れ、中心にいた人物を櫂の前に押し出した。
 その姿を目にして、櫂は足を止めてしまった。
「アイ…チ?」
 そこにいたのは、胸元と袖口、裾に髪の色に似た青のリボンのついた純白のワンピースを身に纏った、深窓の令嬢といった風情のアイチだった。
「櫂くん…」
「アイチ、お前…」
 服装こそ違うが、イメージと同じ光景に、思わず櫂は同じ行動に出てしまった。
 触れたアイチの胸には、柔らかな膨らみがあった。
「ちょっと、それセクハラ!」
「ていうか、痴漢だろ」
 ミサキと三和のツッコミも、櫂の耳には届かない。
「お前…どうして…」
「今朝起きたら…女の子になってたんだ…」
 性別が変わるなど信じられる事ではないが、実際に起こっているのだから受け入れるしかない。
 その事実をすんなりと受け入れたのは、妹と母親だった。
 嬉々としてアイチを飾り付けた。
 帽子やバッグ、靴も服と同系統で揃え、完璧なお嬢様を作り上げた。
 すぐに着替えようとしたのだが、この格好以外で出掛けることを許されず、仕方なくこのままでカードキャピタルに来たのだった。
「そーいや櫂、お前、昨日俺に訊いたよな。アイチは男か?って」
「おい、三和」
「これって、櫂のイメージだったりしてな」
「え?」
 三和の言葉に、アイチは櫂を見た。
「櫂くん…もしかして、女の僕をイメージしたの?」
 訊くと、櫂は僅かに視線を逸らした。
「僕…自分が女の子になってる夢を見たんだ。その時にPSYクオリアに似た力を感じて、これはイメージなのかもしれないって」
 その言葉に、櫂は視線をアイチに戻す。
「まさか…」
「これって、僕と櫂くんが同じことをイメージしたせいなのかもしれない」
「おいおい、いくらお前らのイメージ力が半端ないからって…」
 冗談のつもりだった自分の言葉が大当たりのようで三和は焦ったが、フォローしてくれる人間はこの場には存在していなかった。
 ついでに、櫂とアイチにはその存在を忘れられているようだ。
「これが櫂くんのイメージでもあるなら…嬉しい」
「アイチ?」
「…明日、櫂くんの誕生日だよね」
(この展開はまさか…)
「今の僕をプレゼントしたら…貰ってくれる?」
 アイチの発言に、その場の全員が固まった。
「………」
 何の反応も示さない櫂に、アイチは寂しげに微笑んで俯いた。
「冗談…だよ。体は女の子でも中身が僕じゃ…嫌だよね。変なこと言ってごめんなさい…」
(恋愛感情はなくても女の子なら…なんて思ったけど、やっぱり無理だよね。ホント、僕ってバカだ)
 自分に置き換えて考えてみると、好きな人なら受け入れるかもしれないが、そうでなければやはり無理だと思った。
「…嫌だとは思っていない」
「え?」
 その言葉に、アイチが顔を上げる。
「だが、お前はそれでいいのか?」
「?」
 櫂の言葉の意味が解らず、首を傾げる。
「誕生日なら、誰にでもその身を差し出すのか?」
(あ…)
 その言葉に、アイチは大事なことに気がついた。
「違う、櫂くんにだけだよ。櫂くんが好きだから…だから、貰って欲しくて…」
「俺は、好きな奴以外を抱く気は無い」
「うん…」
 ああ、やっぱりダメなんだと落胆はしたが、告白をしてハッキリと断られたのだから、ようやく諦めることが出来るかもしれないと思った。
「だから、貰ってやる」
「…へ?」
 予想していなかった返事に、間の抜けた声が出てしまった。
(それって…)
「くれないのか?」
「ううん、あげるよ。僕を全部!」
(僕が好きって事だよね)
 答えて、アイチは櫂に抱きついた。
 櫂も腕を回し、アイチをそっと抱きしめる。
「それと、一つ言っておく。俺は、お前が女になったから応えた訳じゃない。そのままのお前でも、同じ返事をしている」
「うん、ありがとう。櫂くん」
 その言葉に、アイチの顔に笑みが浮かんだ。


「ね、櫂くん」
 暫く抱き合った後、アイチが小さく名を呼んだ。
「何だ?」
「女の子になったっていうことは…赤ちゃんも出来るのかな?」
 その言葉に、固まっていた連中がずっこけた。
「女になったばかりだから無理だと思うけど、櫂とアイチなら出来そうだね」
 唯一人こけずに立っていたミサキが、冷静な声で答える。
「だったら嬉しいですね」
「なら、試してみるか?」
「櫂くん?」
「お前の中に、たっぷりと注ぎ込んでやるよ」
 ニヤリとファイトの時のような笑みを浮かべて、言った。
 櫂の言葉に顔を真っ赤にして、アイチは小さく頷いた。

(おいおいおい…公共の場で何やってんだよ)
 テーブルに縋りついて何とか体を起こした三和が、心の中でつっこむ。
(しかも中出し宣言…ここにはお子様もいるんだぞー…と言っても魂抜けてるっぽいから聞こえてなさそうだけど)

「ま、出来たら教えて。お祝いしてあげるから」
 櫂の言葉にも動じることなく、ミサキが言った。
「ありがとうございます」
 それに、アイチが嬉しそうに答える。
「今から、うちに来るか?」
「うん」

(…今からヤッちゃいます宣言デスカー)
 声を出す気力のない三和は、再び心の中でつっこむ。

「本当に出来たらいいね」
「俺とお前の力なら、不可能なことじゃないだろう」
 言って、アイチを見る。
 アイチ自身が力の大きさを証明しているのだから、本当に出来てしまうのかもしれない。
「アイチのこと、大切にするんだよ」
「解っている」
 ミサキの言葉に櫂が答え、二人は店を出ていった。

(誇大妄想ならぬ誇大イメージは、想像を現実にしちまうってか…)
 仲良く店を出ていく二人を見送って、三和はテーブルに突っ伏した。


 その後、アイチがどうなったのか…は、イメージのみぞ知る。


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