小説(ヴァンガード)

先導者は神様!?1
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「これは…」
「どういうことだ?」
「こんなことは初めてです」

 惑星クレイに存在する国家のひとつ、ユナイテッドサンクチュアリ。
 その王都の一角の邸に、一人の男児が誕生した。
 ユナイテッドサンクチュアリでも有数の名家の男児誕生に、人々は湧き上がったが、名付の儀に至って静まり返ることとなった。
 惑星クレイでは、人は全て『名』を内に抱えて誕生する。
 その名を読み取り、名を授けることを名付の儀という。
 名を読み取ると、その名は水晶のプレートに写し取られ、それを授けることで儀は完了となる。
 名を読み取るのは、基本的には両親。もしくは近親者。
 まれに、肉親では読み取れない者も存在するが、その場合は神官が読み取りを行う。
 大抵の子供は、親の姓と自身を現す名を持って生まれる。極稀に親とは違う姓を持って生まれる者もいるが、必ず、名を持って誕生する。名を持たぬということは有り得ない。
「ダメだ、読み取れない」
「私もダメです」
 この邸に誕生した男児の名は、両親も近親者も誰ひとりとして読み取ることが出来なかった。
「私達で読み足りたかったが仕方ない。神官様に来て頂こう」
 父親がそういうと、母親は不安げに頷いた。
「心配するな。この子は私達以上の力を持って生まれたのだろう」
「ええ、そうね。そうよね…」
 神官が読み取れないということはまずないので、不安になることなど何もない。
 そうこうしているうちに神官が到着し、部屋へと通されたのだが、その顔ぶれに皆が驚いた。
 現れたのは、街の神殿の神官ではなく、城の神官と司祭だった。
「司祭様まで…」
「たまたま、この先の神殿に来ていたのですよ。話を聞いて、何となく気になって我々が来たのです」
「そうでしたか。ありがとうございます」
 礼をして、神官と司祭を赤ん坊の元に案内する。
「とても愛らしいですね…」
 生まれたばかりだというのに、目鼻立ちのハッキリとした赤ん坊に顔を緩めるが、顔を覗き込んだ瞬間、皆が一瞬硬直する。
「これは…」
「どういうことだ?」
「こんなことは初めてです」
 呟いて、皆が驚愕の表情を浮かべる。
 その様子に、両親は嫌な予感が頭を過ぎる。
「まさか…」
「この子の名は、我々にも読み取れません」
「そんな…」
 司祭の言葉に、母親は泣き、父親はただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。
「この子にはとてつもなく大きな力が秘められているように感じます」
 そう言われても、父親は反応することは出来ない。
「名の無い者など存在しない。我々には読み取る力が足りなかっただけです。必ず、この子に名を授けてくれる者は現れる」
 その言葉に、父親が顔を上げる。
「時間がかかるかもしれないが、待つことです」
「はい。ありがとうございます」
「あなたも、この子を愛してあげるのですよ」
「はい」
 涙を流している母親にも、優しく声をかける。
 名を読み取ることはできなかったが、祝福を与えて神官と司祭は帰っていった。
 それを見送った後、夫婦は子を見る。
「ずっと名がなくとも、この子は私達の子だ。誰よりも愛していこう」
「ええ」
 国一の力を持つ司祭ですら読み取ることができなかったのだから、他の誰にも読み取る事はまず不可能だろう。この子はこの先名を持たずに生きていかなければならない。
 そのことで疎んじることはせず、自分達だけは愛を注いで守っていこうと、この日、夫婦は誓った。
 この三年後、二人の間に女児が誕生し、その子供は、先導エミという名を授かった。
 それから更に数年の時が流れたが、やはり先導家の男児に名を授けることの出来る者は現れず、名のないまま成長した。
 水晶に刻まれた名以外を名乗ることは許されておらず、仮の名すら与える事は出来なかった。
 先導エミは愛らしい顔立ちに、歳に似合わぬ利発さで街の皆に愛されていた。
 一方兄の方は、初めのうちはそれなりに可愛がられてもいたが、次第に気味悪がられるようになり、悪評ばかりが広まっていった。
 大人達は、先導家の権力の大きさもあり、表だって何かを口にすることはないが、そんな世間体など関係ない子供達は容赦がなかった。
「名無しの悪魔」と罵って暴力を振るう。
 子供の力なので命に係わるような事は無いが、常に体のどこかに傷があり、いつもボロボロで汚いものを見るような目を向ける。
 外に出ればイジメられるので家に籠ろうとしても、家にいれば外から「出て行け!」「人の振りしてエミちゃんを食らうんだろう!」と遠慮なく罵倒する。
 家にいれば皆に迷惑がかかる。子供でもそれくらいは解る。だから、暗くなって子供が外を出歩かなくなるまで、森の奥の湖のほとりで一人過ごすようになった。
 いや、正確には一人ではない。ハイドックのういんがるかふろうがる、もしくは二匹共が側にいる。
 人は近づかないが、何故か、ハイドック達は側に寄ってくる。湖に行けば、ペガサスや人にあまり馴れないユニコーンが側に来る事もある。
 今日のお供はういんがる。
 この湖はとても綺麗で静かな場所だが、不思議と人があまり近づかないらしく、今までに一度も姿を見た事が無い。
 一日の大半を過ごすこの湖は、とても心安らぐ場所だった。
 今日はポカポカと暖かく、うとうとしていると声をかけられた。
「お前、きったねーな。ケンカにでも負けたのか?」
 かけられた声にビクッと体を震わし、おそるおそる顔を上げた。
 目の前にいたのは、自分とあまり変わらないくらいの少年。
 子供の目で見ても解る、身なりの良い少年だった。
 ういんがるに目を向けると、警戒した様子は無くのんびりと寝そべっているので悪い人間ではないと判る。
 そして、不思議なことに、街の子供達と同じような言葉を投げかけられたのに、嫌な感じが全くしなかった。
 自分を傷つけるものではないと判って、首を横に振った。
「ん?違うのか?じゃ、転んだか?」
 首を振った意味を理解してくれたことに安堵して、その言葉にも首を振った。
「違う?…そっか」
 どちらにも首を振ったことで何かを察したのか、少年はそれ以上訊こうとはしなかった。
 少年が近付いて、顔を覗き込む。
 そのことに驚いた顔をすると、少年がニッと笑う。
「顔にも傷がある…可愛い顔してんのに勿体ないな」
「か、かわいくなんか…ないよ…」
「お、声も可愛いのな」
 言って、また笑う。
「ちょっと待ってな」
 そう言うと膝をついて、両手で頬を包み込む。
 手が頬に触れた瞬間から、何か温かいものが名の無い少年の中に流れ込んできた。
(あったかい…)
 暫くすると、温もりがなくなり、ヒリヒリとした痛みが消えた。
「これでよし。キレイになったぜ」
「え?」
「傷、なくなったぜ。見てみな」
 言われて湖を覗き込むと、顔の傷は綺麗になくなっていた。顔だけじゃなく、腕や足も綺麗になっている。
「どうして?」
「ん〜ちょっと不思議な力みたいのがあるんだよ」
「神官様なの?」
「似たようなもんだな」
「そうなんだ、スゴイね」
「そうでもないけどな」
 名無しの少年の言葉に、少年が苦笑いする。
「?」
「俺が気に入った奴にしか効かないんだ」
 腕を腰に宛てて、ふんぞり返って言い放つ。
 その尊大な態度にきょとんとして、そのすぐ後に吹き出した。
「なに、それ」
「笑ったな」
「あ…ごめん」
 笑ったことに怒ったと思ったのか、名無しの少年が謝る。
「違う。やっと笑ってくれたなと思ってさ。笑った方がもっと可愛い」
 また可愛いと言われて、顔が赤くなる。
(僕なんかより、君の方がキレイなのに)
 態度はどこか尊大で悪ガキっぽい印象もあるが、射しこむ陽が亜麻色の髪を輝かせ、全身から力強い生命力を感じて、とてもキレイだと思う。もちろん、顔もとても整っているのだが、その存在がとてもキレイだと思った。
「僕、かわいくなんか…」
「また言う。俺が可愛いと思うんだから、可愛いの!信じろ!」
 言い切られて、つい、笑ってしまった。
「何か、信じちゃいそう」
「信じて損はない」
 その自信はどこから出てくるのかと呆れるが、その口から発せられる言葉は信じられると思う。
「あの、君の名…」
 名前を聞こうとして、ハッとして口を噤む。名を聞くには自分も名乗らなければならない。名無しの自分には、名を訊く権利などないと俯いた。
「名前か?俺は櫂トシキだ。お前は…先導アイチっていうのか」
 その言葉に、名無しの少年が弾かれたように顔を上げる。
「それ…僕の名前なの?」
 そう訊いてくる名無しの少年を不思議そうに見て、何かに思い当ったのかポンと手を叩いた。
「あ、そうか。名が見えるってことは、まだ体の中に名が残ったままなんだな」
 そう言われても何とも答えられず、じっと櫂を見ていると、
「じゃ、今まで名前なかったのか?」
 訊かれて、頷くしか出来なかった。
「今まで苦しかったんだな」
 名が無い、ということがどれだけ苦しくて悲しいことか、櫂は理解して少年の頭に手を乗せた。
「それじゃ、俺が名付の儀をしてやるよ。いいか?」
 そう訊かれて、ただただ頷く。
 そんな少年の頭をポンポンと優しく叩いて、櫂が何かを呟くと手の中に水晶のプレートが現れた。
 その水晶を少年の胸元に宛てると水晶が輝き、プレートに名が浮かび上がり『先導アイチ』と刻まれた。その下に、小さく名付の儀を行った者の名『櫂トシキ』も刻まれる。
「これで、今からお前は先導アイチだ。よろしくな、アイチ」
「うん、うん。ありがとう、凄く嬉しいよ…櫂くん」
 ようやく名を与えられたことが嬉しくて、それを成してくれたのが櫂であることがとても嬉しくて、アイチは涙を流しながら笑った。
「え、な、泣くなよ」
「嬉しいから泣くんだよ…」
 いきなり泣かれて狼狽えたが、アイチの言葉にホッとする。
「そっか。じゃ、思いっきり泣いていいぞ」
 言って、アイチをそっと抱きしめる。
 両親以外の人間に抱きしめられてビックリしたが、嫌な感じはなく、素直に胸に顔を埋めることが出来た。
 普通の子供のように声を上げて泣くことはなく、静かに涙を流していたが、櫂の温もりに包まれて徐々に涙は消えていった。
「もういいのか?」
 完全に涙が止まったのを感じて、櫂が訊いてくる。
「うん、ありがとう」
「今日、俺がここに来たのってアイチに出会うためだったんだな」
「そんなこと…」
「そう思った方が楽しいだろ。だから、そう思っとけ」
 櫂の言葉を否定しようとするとそう言われ、アイチが目を丸くする。
「そうだね、その方が僕も楽しいし、嬉しい」
 答えて、アイチが笑う。
 それは、アイチが初めて見せる満面の笑みだった。

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