1/1ページ目 「なぁ」 「何?櫂くん」 「アイチは学校…行ってるのか?」 「…ううん。夜に家で教えてもらってる」 答えて、少し寂しそうな顔をする。 今まで名前がなかったのだから、学校には行きにくいのだろう。 「でも、十五歳になったら士官学校に行かなきゃならないんだけどね」 「ああ…」 惑星クレイでは、十五歳になると士官学校へ入ることが出来る。強制ではないが、上流階級の者はそれが義務のようなものだった。もっとも、上流でなくても殆どの者が入学している。 一応入試はあるが、その成績で入学が決まる訳ではなく、受験した全員が入学できる。 試験結果は、受講クラスの振り分けに反映されるのだった。上級クラスの方が色々な面で有利になる為、勉強するのだった。 「それじゃ、俺がこっちにいる間、ここで勉強するか?」 「えっ」 その言葉に、アイチが櫂の顔をじっと見る。 「嫌か?」 聞かれて、慌てて首を振る。 「ううん、嬉しい。けど…いいの?」 「ああ。こっちにいるのはあと一年くらいだから、その間だけになるけどな」 「うん、それでもいい、ありがとう櫂くん!」 言って、櫂に抱きついた。 そのアイチの背をポンポンと叩く。 「早速明日からするか?」 「うん」 「じゃ、今日は帰ろう。俺も準備しなきゃならないし」 「え、もう?」 帰るという言葉に、アイチが不安げに顔を上げる。 「もう名無しじゃないんだから堂々と出来るだろ?」 「…う、うん」 「ほら、もっとしゃんとしろ!俯いたままだと名前も輝かないぞ」 「?」 その言葉に、アイチが首を傾げる。 「プレート、よく見てみろ」 言われて、胸あたりに下がっているプレートを見ると、淡い光を放っていた。 光といっても、暗い場所でようやく判るくらいのものだったが… 「光ってる?」 「ああ。お前が強くなる度に光も強くなる。それは、アイチだけの光だ」 「そうなんだ…」 それを聞いて、アイチの顔に笑みが浮かぶ。 (僕の光…) 今はまだ陽の下では判別出来ないような弱々しい光。それでも、アイチにとっては宝物のように眩しい光だった。 (この光を消してしまわないように、前を向いて頑張らなきゃ) そう決意すると、ほんの僅か光が強くなった気がした。 「そろそろ行くか」 「うん」 櫂の言葉に、今度は戸惑う事なく立ち上がる。 「またね、ういんがる」 側にいたういんがるに声をかけると、ういんがるは一声鳴いて、森の奥に消えた。 ういんがるの姿が見えなくなるまで見送って、二人は森を出て行った。 街に戻ると、丁度授業が終わって学校から帰ってきた子供たちがいた。 アイチを見て、ヒソヒソと何かを話している。 大人も、珍しく昼間に外にいるアイチに目を向ける。 前を向こうと決心したものの、皆の視線を感じて俯いてしまう。 「アイチ」 俯いて、足が止まってしまったアイチを、櫂が大きな声で呼んだ。 その声に驚いて、顔を上げる。 (下向いてたから、怒っちゃった?) 「な、何?」 怒らせたかもしれない、と、声が少し震える。 「アイチの家、どこだ?」 対する櫂の言葉は家の場所を訊ねる物で、怒らせた訳じゃないとわかってホッと息をはく。 「あ、この先を左に行ったところ」 「城の右側か」 城から見て右に位置する地には、広大な敷地を持つ貴族が多く住んでいる。 「アイチって大貴族なんだな」 「僕じゃないよ。お父さんとお母さんと妹が大貴族なんだよ」 言って、また俯いてしまう。 家に迷惑をかけるだけの自分は、貴族だなどと名乗る資格はないと思っているから否定する。 「何言ってんだよ、アイチもそこの子供なんだろ。妹が貴族なのに自分は違うなんておかしいだろ」 「そ、そう…だよね」 「そうそう。アイチは間違いなく貴族だよ」 言って、ポンポンと頭を叩く。 やさしく頭を叩かれて、もう一度顔を上げる。 「ありがとう、櫂くん」 「何、礼なんか言ってんだよ、アイチ」 答えて櫂が笑う。 つられて、アイチの顔にも微かに笑みが浮かぶ。 そして気がついた。 自分に向けられている視線が先程までと違っていることに。 異質な者を見るような視線から、驚きのような視線に変わっていた。 「?」 「どうした?アイチ」 「なんでも…」 ない、と続けようとして、もう一つ気がついた。 櫂が自分に話しかける時、必ず名前を付けている事。名前を強調していることに。 (櫂くん…僕に名前があることがわかるようにしてくれてるんだ) 「ありがとう、櫂くん」 気がついて、アイチは自然な笑顔を櫂に向けた。 その言葉の意味に気付いて、櫂もニッと笑う。 「当り前なことに礼なんていらねって。ほら」 言って、アイチに手を差し出す。 それにアイチは少しだけ戸惑って手を重ねると、ギュッと握られた。 それが嬉しくて、更に笑顔になる。 櫂がゆっくりと歩き出す。 それに合わせて、アイチも歩き出す。 顔を上げて、しっかりと前を向いて歩く。 胸のプレートが、またひとつ輝きを増した。 [指定ページを開く] <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
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